No.1023 平成29年7月号

流 水 抄   加古宗也

蕨摘み猪のぬた場に出てしまふ
姪若菜結婚・弟、娘のためのオリジナル曲を歌う
うぐひすや声張る父の祝婚歌
天然記念物・清田の大樟吟行
春興や清田の樟を皆で抱く
春菜や愉しきものにサラダバー
幡豆妙善寺
うらうらと来て浜寺の癌封じ
鷹鳩と化し木彫師の力瘤

投扇の飛距離呼吸もて測りけり
中畑句碑まつり
馬盥の数多積まれて花の下
花眩しさう大男のニコン持つ
伊良湖岬二句
黒は那智白は伊良湖や彼岸東風
製瓦場跡とや花菜蝶と化す
四阿に先客のあり落椿
氏神へ抜ける甃花の塵
佐久島
鳥雲に入るこの島に古墳群
青饅やたつぷり佐久の磯浅蜊

 

真珠抄七月号より珠玉三十句 加古宗也推薦

吊革の百の腕の梅雨に入る     田口 茉於
潔く散らぬ桜を訝しむ       堀口 忠男
花宿を在所とす嫁や集め汁     犬塚 房江
教会の書架へ石置く聖五月     今泉かの子
軽暖や業平塚は疣の神       酒井 英子
米二合たして豌豆飯を炊く     濱嶋 君江
桐咲くや箪笥になれと父の植う   荻野 杏子
一羽飛べば一羽が追うて清和かな  川嵜 昭典
茶園主の晴れを喜ぶ日曜日     牧野 暁行
娘と住めば更衣までチェックされ  岡田 季男

五月来る白さ眩しき体操着     長村 道子
昭和の日晴朗なれど波高し     村上いちみ
春惜しむ庭の木椅子に足垂らし   工藤 弘子
天帝に捧ぐ泰山木の花       前田八世位
イースター音つなぎゆくハンドベル 東浦津也子
木型から打ち出す干菓子春きざす  大澤 萌衣
近江路に残日惜しむ桐の花     甲斐 礼子
口づけて息吹きかへすふぐ風船   岡田由美子
乗つ込みを待つやぺたんと腰おろし 久野 弘子
登城坂つつじ隠れの喫煙所     中村 光児

学舎の名残りはんてん木の花    辻村 勅代
琵琶鱒の琵琶湖に育ち赤を増す   嶺  教子
武具飾りゐし孫も早や医師となる  浅井 静子
町のどか大看板のミシン店     山田 和男
永き日のその日暮れまで畑に居る  竹原多枝子
薄暑光鍵すりへらす五十年     勝山 伸子
春疾風ブラックバスを釣る男    石崎 白泉
西部劇みな知つてをり昭和の日   高濱 聡光
綿シャツは夫のお下がり野に遊ぶ  深谷 久子
久し振り病院離れ母の日を     筒井まさ子

選後余滴  加古宗也

琵琶鱒の琵琶湖に育ち赤を増す   嶺  教子
琵琶鱒はサクラマスによく似た琵琶湖の固有種だという。
ということは琵琶湖で育つことはしごく当然のことだが「琵
琶湖に育ち」といったところに作者の感動がある。そこは琵
琶湖という日本一大きな湖であり、様ざまな歴史的事件があ
り、さらに多くの優れた詩を生んだところだからだ。俳句の
最も大切なものの一つである「直感」が見事に働いている。
琵琶湖の水の豊かさを心地よく感知したことこそがこの句の
眼目だといっていい。それを「赤を増す」と象徴的に表現し
たのだ。さらに「琵琶鱒」「琵琶湖」と「琵琶」を繰り返すこ
とで、それはより心地よいリズムを生み、琵琶湖への深い思
いを表現することに成功した。

永き日のその日暮れまで畑に居る   竹原多枝子
作者は大学卒業後の赴任地として、西尾市にやって来た。
そして、度々守石荘(若竹吟社)を訪ねてきては、富田潮児
との会話をはずませていた。その後、広島へ嫁されたが、若
竹一〇〇〇号祝賀会の折り、久しぶりに守石荘を訪ねてくれ
た。そして、いま教職のかたわら姑と一緒に畑仕事に精を出
しているという。華奢な身体からはお百姓などとても想像も
できないことだったがこの句を見てあらためて「強くなった
んだ」と思った。

更衣近頃みんな若作り   勝山 伸子
服装・髪型等々、年齢よりも若く見せるための工夫をこら
すことを「若作り」というのだろう。こういわれてみると確
かにそういう人が増えて来たようにも思うが、一方で、実際
に老いを感じさせない老人がすこぶる増えたとも思う。その
昔は男も定年が来るとみるみる爺くさくなり、あそこが痛い
ここが痛いとわめきたて、外にもあまり出なくなる人が多かっ
た。女性にあってはなおさらだ。ところが近年は全くその様
子が一変している。つまり、老うかどうかは、心の持ち方と
おおいに関係しているように思える。作者は人間の機微を滑
稽感でからめ取ることに優れていて、まさに元気をくれる俳
人である。

サングラスして神父様帰りけり   今泉かの子
聖職にある人はいつもきちんとしているべき、という思い
は一般にまだまだ強い。その昔は「サングラス」のことを何
と「色眼鏡」と呼んで、まともな市民がかけるものではない
という風潮が強かった。それが、石原裕次郎や小林旭、高倉
健など登場してきて、一変した。神父様はサングラスをかけ
て何処から帰ってきたのだろうか。同じ格好でも一方で惚れ
ぼれとし、一方で軽蔑する。それが人間というものだから面
白い。

桐咲くや箪笥になれと父の植う   荻野 杏子
こんな句をみると日本のよき時代がふと思われる。娘が生
まれると桐の木を植える。娘が嫁ぐ頃には大きくなって、そ
れで箪笥を作ってもらい嫁入り道具の一つにする。父親と娘
の関係が桐の木を媒介として美しく語られる時代が日本には
確かにあったことを想い出す一句だ。「箪笥になれと」「父の
植う」とたたみかけるような叙情が作者らしく、また心地よい。

吊革の百の腕の梅雨に入る   田口 茉於
電車の吊革、そこにぶらさがる百の腕。都会の通勤電車の
日常を客観的に切り取っていて、それで終らない力がこの句
にはある。そこには都会生活に対する自問自答とともに都会
生活者の、あるいは都会そのものが持つあるものが見えてく
る。この句もまた「吊革の」「百の」「腕の」と畳みかけてく
る言葉に、何ともいえない重量感がある。それを受けるよう
に据えらえた「梅雨に入る」という季語に、不思議に都会の
匂いがある。

花宿を在所とす嫁や集め汁   犬塚 房江
奥三河には「花祭」という古い行事がある。これは四月八
日の仏陀の誕生会(灌仏会)とは全く別もので、一年の収穫
に感謝し、来春の農耕の平安を祈願する霜月祭のことだ。修
験道の聖地・鳳来寺山下に始まって、次第に三河も奥の村へ
奥の村へと祭りの舞台が移ってゆく。山見鬼・榊鬼が登場し、
子供たちの演じる仕舞。笛と太鼓のゆったりしたお囃しに乗っ
て素朴にして軽快な舞いが夜を徹してつづけられる。もとも
とは湯立て神楽に始まるといわれるが花宿といわれるその村
の名家の土間に据えられた湯釜の回りをテーホヘ・テホヘと
いう掛け声に呼応するように舞いつづけられる。集落ごとに
さまざまなもてなしがあり、酒はふんだんにふるまわれる。
蔬菜類を炊き込んだ集め汁もその一つだ。近年、奥三河も過
疎化の一途で、花祭が行なわれない集落も出てきたのは惜し
い。

登城坂つつじ隠れの喫煙所   中村 光児
彦根城跡での作だという。数少ない国宝の城で、西の守り
の拠点として、徳川譜代の井伊家の居城となった。広大な城
は威容を誇る。いざ戦さが始まると登城坂には兵士が密む。
ちょうどつつじが満開の頃だ。

竹林のせせらぎ  今泉かの子

青竹集・翠竹集作品鑑賞(五月号より)

冤死の碑あたりもつとも涅槃吹く   田口 風子
冤死とは不当な仕打ちを受けて死ぬこと。重い言葉です。
この冤死同胞慰霊碑は日泰寺にあり、第二次世界大戦で犠牲
になった朝鮮半島の方の霊を供養するために建てられまし
た。今では碑を建てた団体もなく、その経緯もよくわかりま
せんが、どの宗派にも属さない日本で唯一の寺院ということ
で、ここに祀られたのでしょうか。元々日泰寺は、タイ王国
から寄贈されたお釈迦様のご真骨を納めるために創建された
お寺です。その真舎利を安置する奉安塔は、碑から少し離れ
たところに高くそびえています。掲句は、「冤死の碑あたり」
で軽い切れがある、句またがりの一句。上五と下五の漢字の
間をつなぐように柔らかくひらがな七字が入っています。碑
の周辺に吹く西方浄土からのやさしい風。涅槃の風は地方に
より北風、西風と風向きは変わっても、あたたかい春の始ま
りを告げる風です。俳句は小さくも深い器。涅槃という季語
の大きさが、両国にまたがる歴史の背景を包んだ秀句です。

眠れぬ夜眠らぬ雛と過ごしけり   島崎多津恵
なかなか寝つけない眠れぬ夜は長いもの。飾ってあるお雛
様はその家の昔を知る人形たちです。内裏雛、三人官女に五
人囃子。お雛様は女の子の成長を願い、穢れをはらいます。
幻想的な気配の夜。ひょっとすると雛の間ではその夜、昔語
りに雅な言葉も聞かれたかもしれません。言葉に出さずとも、
人形のもつ華やかな存在感に、きっと夜の長さがそれほどで
もなかったことでしょう。穏やかな調べの中に「眠れぬ夜眠
らぬ雛」の畳みかける表現が、春の夜の艶やかさとともに、
幾ばくかの寂しさをはらんだ佳句です。

饒舌の友へと杉の花粉飛ぶ   湯本 明子
季語は杉の花粉。花粉症は、歳時記によって植物の部に入っ
ていたり、生活の部に入っていたり。若干差異はありますが、
市民権を得た季語になってきたようです。体に蓄積されたア
レルギー反応はコップ一杯によく例えられ、限界を超えると
溢れ出て、目の痒みやくしゃみの症状となって出ると聞きま
す。この友は花粉なんぞ気にしない、逞しい方なのでしょう
か。それとも、もうおしゃべりはほどほどにと、花粉は飛ん
だのでしょうか。「へと」は格助詞「へ」と格助詞「と」の
連語で、「へ」だけよりもさらに動きの方向性が強い働きが
あります。ここでは、饒舌の友へ向かって、くらいの意味合
いでしょうか。よく動く口の辺りへ杉の黄色い花粉が、煙の
ようにパーッと飛んでいったのでしょう。よく動くだけに吸
う息の量も多く、自然と花粉も入ります。その後が気になり、
あれこれ想像が広がるのです。勝手な解釈は控えねばなりま
せんが、鑑賞は読み手の受け止め方次第。読者に想像の楽し
さを味わわせてくれる作品です。

二上山を下り来る男春驟雨   白木 紀子
一読、「二上山を下り来る男」とは、謀反のかどにより非
業の死を遂げた大津皇子と思いました。二上山に葬られてか
ら百年後。無念の思いで目覚めた皇子の霊。その目覚めに応
じるように、信心深い藤原家の郎女の夢の中に、何度も幻の
男が現れます。夢とも現ともつかない場所で出会う二人。折
口信夫の「死者の書」は中将姫伝説を踏まえた幻想小説です。
季語「春驟雨」のもつにわかに降り出した雨の、ことのほか
強い雨脚は、ドラマチックな展開を予感させます。また、春
のにわか雨となれば、そこに明るい華やぎも伴うでしょう。
舞台は大和、当麻寺。古代ロマンの香り高い作品です。

軋む音ちがふ爺婆半仙戯   監物 幸女
爺婆二人が、並んでぶらんこに乗っている新鮮さ。季語の
通り、もう半分仙人のような二人の戯れのひととき。少し羨
ましくもあります。長い年月を共に過ごした二人の、のんび
りした姿に見えますが、そこには二つの軋む音が聞こえます。
体重の違いはぶらんこにかかる負担の違いとなり、その軋む
音も違うのでしょう。また、揺れの大きさにもよるかもしれ
ません。人と人とのつながりは常に流動的。二人の関係もい
つも滑らかであるとは限らず、ぎしぎしした音を立てた時も
あったでしょう。そんなぎすぎすした摩擦を超えた二人とも、
また、違う音を立てながら、今までもこれからもやっていく
二人とも…。半仙戯に乗る二つの像は、軋む音とともに影法
師のように揺れています。

卒園児夢はサッカーコーチとや   原田 弘子
普通男の子の将来の夢は、スポーツ選手というのが一般的
でしょう。でもここでは、選手ではないのです。試合には出
ない、サッカーのコーチ。サッカーは野球と違って、監督は
スーツにネクタイ姿。正装した監督は表舞台のピッチに立ち
指揮を執りますが、コーチは言わば、陰で選手を指導し支え
る専門職。一応、正式にはランクもあり、トップはS級、J
AF公認のコーチです。きっと、身近にお手本となるべき大
人がいるのでしょう。句末の「とや」は「とやいふ」の略。
とかいうことだ、の意。作者はそのように、どなたかから伝
え聞いたのでしょう。まだあどけない年頃の、意外に具体的
で現実的な夢。卒園という一つの区切りに、階段を一つ上っ
たような、成長がうかがわれる作品です。

一句一会  川嵜昭典

この春の万の蕾の下に坐す   対中いずみ
(『俳壇』四月号「棒と渦巻き」より)
「万の蕾」の数は、比喩とも取れるが、現実の蕾の数と捉
えたい。そんな蕾の下にいる光景は、それだけでも美しいの
だが、「この春の」という言葉が、もう二度と巡ってはこな
い春という意味になる。夏でも、秋でも冬でも、それは二度
と巡ってこないという想像を働かすことはできるが、薄紙を
一枚一枚積み重ねていくような、人生の月日の積み重ねの事
実を、ふと立ち止まり考えることができる季節は、やはり春
が一番ふさわしいように思う。また「坐す」という言葉が、
流れる時間の中に、一人考える時間を持つことができたよう
なニュアンスになっている。春が来るのは当たり前のことな
のだけれど、そんな当たり前のことすら尊く考えられるほど
に、今の世の中は忙しいのかもしれない。

あたたかしどれも素顔の雀ゐて   山本 則男
(『俳壇』四月号「涅槃図」より)
見慣れたはずの雀だが「素顔の雀」と言われると、雀の顔
はどのようなものだったのかと、はたと迷う。分かるのは、
作者が「素顔」と表現するくらい、作者の周りにはいつも雀
がいて、慈しんでいるだろうということだ。また、いつも見
る雀が同じ雀とは限らないのだが、それぞれの雀の顔を見分
けられてしまうくらいの付き合いをしているかと想像する
と、可笑しい。いずれにしろ、そんな雀たちに「あたたかし」
という季語を添えるのが作者の愛情であり、また、感謝であ
ろう。穏やかな笑いと愛情が交錯する句。

意地悪のふつと愉しき辛夷の芽   ふけとしこ
(『俳壇』五月号「昔へ」より)
インターネット環境が普及すればするほど、対人の関わり
はひどく希薄になっていく。同時に、以前ならユーモアで済
まされていたちょっかいが、法的にまずいかまずくないのか
という判断基準で吟味されるようなことになる。そして自身
の行動を、法律に近づけるような窮屈な事態になる。掲句は、
そんな最近の日常に、ふっと息をつかせてくれるようだ。
「辛夷の芽」という言葉が、意地悪に対する、げんこつか、
鬼の角のようなものを想像させるようで楽しい。

銃口を向けたきやうな冬青空   中村 正幸
(『俳壇』五月号「燦」より)
この気持ちをどこへぶつければいいのかと、どうにもなら
ない怒りとも悲しみともつかない気持ちを抱えることがあ
る。見渡せば、自分以外の者はいつものように生活を送り、
花や風はいつものように花や風だ。そして、空もぽっかりと
大きく口を開いているようで、いつもの空だ。それらの中に
一人取り残されるようで、空の下ではいかに自分が小さく、
かつ、心の中は大きな闇で満たされているかを思い知る。具
体的な解決策は浮かばないけれども、とにかく心の中をさら
け出したい、「銃口を向けたきやうな」とはそんな気持ちだ
ろう。銃口を向けても、すなわち心の内を叫んでも、空は黙っ
て受け入れる。少し刺激的な言葉でも、読後に爽やかさと共
感が残るのは「冬青空」の大きさゆえだろう。

どんでんの轍にころげ花の塵   加藤 耕子
(『俳句』五月号「摘草」より)
毎年四月の第一土曜日曜に開催される、愛知県犬山市の犬
山祭りは、十三台の車山(やま)が犬山城下の針綱神社に向
かいからくりを奉納する。その道中での一番の見ものは、「ど
んでん」と呼ばれる。百八十度の車山の方向転換だ。車山の
下に男衆が入り、転換の支点を作り、もう一方の男衆は車山
を掛け声とともに持ち上げ、一気に車山を回す。そのときの
車山の車輪がつけた、道路の引っ掻き傷が「どんでんの轍」
ということになる。実際犬山の城下町の通りを注意深く歩い
てみると、道路のあちこちに引っ掻き傷があることに気付く。
犬山祭はちょうど桜の時期である。そして祭が過ぎ去った頃
に、桜も散ることとなる。まだ真新しいどんでんの轍に桜の
花弁が転がるさまは、祭の後の静寂にいる作者に、ほんの少
し前の喧騒と華やかさを思い出させているようである。

夏蝶が囁く海へ行つて来ます   関根 かな
(『俳句』五月号「てのひら」より)
俳句の最も良いところは、心の中にあるイメージを自由に、
端的に表現できるところだと思う。心の中というのは絶対的
に自由であり、それが自由であればあるほど俳句も自由なも
のとなる。掲句。作者にとって、夏蝶とは、海の象徴、もし
くは夏蝶を見れば海を思い出すということなのだろう。夏蝶
がふっと作者の顔の横を掠め飛んでいく。その瞬間、作者の
脳裏に、ぱっと夏の大きな海の姿が映し出される。それはど
こまでも続く海である。同時に、誰にも侵されない、作者一
人の美しい海である。おそらく、些細なことに忙殺されてい
るであろう日常の生活で、夏蝶とすれ違った瞬間に、作者は
それらから解放され、心の中の海に入り込むことができる。
またそれが俳句というものに昇華される。この、一瞬で日常
から離れることのできる自由さが俳句の凄みであると思う。