岡田季男句集『百日紅』
若竹吟社刊
題字 加 古 宗 也
序句 加 古 宗 也
撮影 岡 田 和 男
いつの間に孫が隣に初諷経
ふんはりと鴉の着地して春田
蛇のこと妻には言わず急ぎ足
東京へ皆帰りけり法師蟬
職退きてよりの村役神迎へ
私家版
題字 加 古 宗 也
序句 加 古 宗 也
撮影 岡 田 和 男
いつの間に孫が隣に初諷経
ふんはりと鴉の着地して春田
蛇のこと妻には言わず急ぎ足
東京へ皆帰りけり法師蟬
職退きてよりの村役神迎へ
私家版
ノリタケの森に初秋の息を吸ふ
歩を向ける社殿色無き風のなか
鶺鴒打つ煉瓦畳のアプローチ
ゆく夏の人肌色の素焼皿
絵付け愉しむ母子涼しき色かさね
きちこうを挿し物音をたてぬ部屋
清秋の湖の色置く絵の具皿
絵付師に一心といふさやけさよ
きはやかに描かれし薔薇秋気澄む
ギャラリーの皿の千枚秋の声
※
ビスクドールの瞠りてしづか秋の昼
爽涼やボーンチャイナの対の皿
飾り壺に秋思の王妃吹かれ立ち
秋興やオールドノリタケとはゆたか
初秋風ひとり遊びに足るひと日
※ビスクドール=陶製アンティーク人形
しぐるるや街道沿ひの仕出し店
雪催ひ宴会客のどやどやと
雪しまく旧国道をチェーンの音
せり帽の引つかけてあり寒の土間
底冷の這ひ上がり来し腰辺り
寒き夜は祖父の添ひ寝と子守唄
魔法めく一夜のうちの雪化粧
冴返るぽつりと夜半の豆電球
膏薬の匂ひ立つ肩春炬燵
ロゴ入りのビールグラスや昭和の日
くちびるを真つ青にして夏の川
肌脱の祖父の大きな手術痕
聞き入るは妖狐の民話夕すすき
門前の落葉踏みしめ一周忌
岳の雪仰ぐ祖父母の眠る町
水巡る色なき風の檜枝岐
小鳥来る歌舞伎舞台の土埃
石積みの客席高く鵙日和
※
秋冷や「橋場ばんば」の裁ち鋏
六地蔵幼な顔して彼岸花
色変へぬ松や集落氏三つ
曲家の馬槽に盛る吾亦紅
窓鋸に刻む屋号や木の実落つ
手入れよきマタギの銃に秋の蠅
秋湿り熊の毛皮に座す心地
秋日差す土間の木杓子よき色に
蕎麦刈の問へど返るは鎌の音
山人(やもうど)の日がな鍬うつ冬用意
水車小屋秋惜しむかに杵の音
猿鳴くや廃坑跡に望の月
※橋場ばんば=婆の姿をした縁切、縁結びの石像
スーツケース引く石の道涅槃西風
老犬はいつも傍ら球根植う
麦の秋風追ふ白きスクーター
父の日や押し入れからクラリネット
少年の泣きじゃくる夜冷し瓜
海亀やメラネシアの海の清ら
黙り込む線香花火の小さき玉
ゆく夏をパノラマカーの警笛よ
抽斗にビスコの小箱つくつくし
なんきんの焼菓子碧き瞳の婦人
星月夜作りかけたるベビー服
疵林檎煮るありたけの瓶を煮る
寒の水音目印の道祖神
大型のバイク相乗る冬入日
旅立ちの朝紺碧のはないちげ
緑陰や河馬舎ベンチに好きな席
朝涼の澄みたる水に沈む影
風薫る河馬の名を呼ぶ飼育員
波立ててプール底より河馬の浮く
ごつそりと水ごとプール出でし河馬
雲の峰ゆらりゆらりと歩く河馬
餌はキャベツ動かぬ河馬が動く時
河馬を見るガラスに映る白きシャツ
もう一人河馬を見る人夏帽子
秋近し河馬の横顔愁ひあり
遠雷や河馬舎に手書き河馬系図
大吉(四十四歳)亡くなる。二句。
三月に眠りましたと飼育員
春キャベツあふるる河馬の献花台
翌年。出目𠮷(四歳)婿入り
夏の朝壁一面に河馬の糞
翌々年。
雌(めす)河馬に雄(お す)の歯の跡水温む
教場の跡や山藤なだれたる
おぼろ夜のとぎ汁土へしみゆけり
診療所の医師は青年田水張る
新郷土館ととのひて若葉冷
※
虎耳草旅寝語りの碑を囲む
ごめんなすつて艶々の茄子の太刀
近所の子来て乗りたがるハンモック
山の日や役場へ返す薪割機
糸のまま蜘蛛を出しやる盆の家
招かるるビニルハウスの葡萄棚
獣の腑抜けて乾きし葡萄の種
鹿垣は知多の漁網よ山の畑
斧壁にありてストーブ熾を抱く
華やぎは薪ストーブを囲みゐて
山の竹伐り出す夫の年用意
※碑= 「海にゐて深山恋しといふ人に告げばや津具の旅寝語りを」柳田國男の歌碑
序 加古宗也
跋 田口風子
うっかりすると見落としてしまいそうな「染め」の勘どころをぴたりと押さえた句だ。教員・主婦・福祉の人、そして、染色家。さらに俳人とめまぐるしい日常を過ごしながら、社会問題にも関心を怠らない人、それが英子さんなのだ。
加古宗也(「序」より)
緋の色を根より授かり染始
黒南風や天気図を貼る染工房
染師には勘といふ技片時雨
てふてふの触るるを恐れ伸子張
きはちすや機音残る丹後径
冷まじやインカ帝国文字もたず
マチュピチュの巌頭に座し霧まみれ
ひめゆりの塔に菊抱く夫を見し
母の座にもどる教師や大根提げ
夜濯ぎや子のポケットに石一つ
加古宗也抄出
啓蟄や動かぬものに爆心地
たんぽぽの絮爆心の風に乗り
炎立つ原爆ドームの荒骨に
爆心の大樹の底に蟻の国
夏木立平和の鐘が包容す
雲の峰被爆ピアノのフォルティシモ
原爆忌残りし空は藍の色
被爆樹の光をつなぐ夏の蝶
爆心へ白き流燈さかのぼる
黒き雨滲みた畑打つ原爆日
顔洗ふだけの化粧や原爆忌
爆心の未明のひかり母子草
原爆忌継ぎ足す息は美しき息
原爆忌水子地蔵に水掛けて
涙壺いくつも置いて原爆忌
泣き相撲幟立てたる朱夏の宮
宮涼し土俵設ふ神楽殿
裸子の抱かれて受ける祈祷かな
化粧まはし襁褓の上に泣き相撲
泣き相撲絃(いと)ちゃんの四股名「絃(いと)の丸」
抱かれて小さな裸向かひ合ふ
泣きつつも母を目で追ふ泣き相撲
そり返り足蹴り上げて泣き相撲
見守りの親も涙目泣き相撲
泣き顔の勇姿カメラに泣き相撲
泣かぬ子を泣かす行司の夏烏帽子
泣き声の土俵いよいよ宮暑し
泣きに泣いて裸子命輝かす
両泣きはすべて引き分け泣き相撲
泣き相撲まだしやくり上ぐ母の胸
新内の撥小刻みに風花す
角巻や遊女の塚に万の骨
寒月の投込寺に荷風の碑
鳩の街の質屋のトタン荒びて冬
路地奥はかつて赤線おでん売る
数へ日の路地尊といふ防火井戸
カストリ書房の真白きのれん小春風
おしくらまんぢゆう平積みのカストリ誌
絵襖や腰を落として太鼓持ち
幇間のひとり二役冬ぬくし
布団干す江戸の足袋屋の竹庇
手拭ひの赤富士足袋となりにけり
薬莢の一ツ百円ぼろ市に
ぼろ市に隣る代官屋敷かな
寒きびし切腹の間の薄畳
日脚伸ぶ小さき剣士の切返し
蕗の薹出づまつすぐに判を押す
百塔の街アネモネの天鵞絨(ビ ロード)の蕊
龍天に飲みたき詩の蜜酒かな
蟷螂生る薄日差すモビールの糸
大瑠璃は腹の白さのやうに鳴く
四寸の小鹿田(おんた)の茶碗豆ごはん
セロ弾きの半音低き葉月潮
吾亦紅三時間待つ停留所
早足のおこぼの鈴や十三夜
紅玉の艶めく小さき嘘をつく
十二月八日モノクロムの車窓
「スクルージ」呼ぶ声幽かなる聖夜
冬すみれ早産の児の柔き爪
春隣息を合はせて弾くカノン
讃州に入ればうどんと秋の昼
本殿へあと百段や秋驟雨
墱八百上りて秋の虹に会ふ
肝冷ゆるへつぴり腰のかづら橋
祖谷渓の茶店に炙る鯇魚(あめのうを)
沈下橋へ行く径少し彼岸花
自動車の来たり秋暑の沈下橋
秋出水引き四万十の屋形船
身に入むや 婉といふ名を聞きてより
門一歩出るを許さずそぞろ寒
土佐浦に藻塩焼く小屋秋曇り
秋興や藁どつとくべ鰹焼く
ポスターは手作り秋の牛合せ
秋涼のアーケードに買ふ餡タルト
地の人とひとつ湯舟や秋灯
風光る窯跡残る美術館
春風や丘に平安窯の跡
掘抜きの窖窯(あながま)褪せる炎天下
とんばうや池に五本の石柱
織部をと粘土を捏ぬる秋一日
涼新た粘土を捏ねる指の触
秋深し見込みの深き茶碗かな
名月や備前茶碗の檜垣文
備前茶入福神といふ良夜かな
秋涼し徳利に黄胡麻瀑布垂る
花入れが化して徳利秋の興
としわすれてふ徳利は古酒入れる
備前は秋聖絵にみる米俵
爽やかに規範を越ゆる備前焼
ふくよかな胴部の茶入あたたかし
山笑ふ手動と知らぬ乗車口
陽光を集めて孤独すすき原
風なごむブルーベリーの冬紅葉
バス待ちの小屋に絣の小座布団
眼に安し軒に薪積む木曽の冬
雪晴れや御嶽あはれ美しき
寒いでと頂く熱きすんき汁
白樺林に縞馬をふと冬日和
綿虫や牧場へ延びる道一本
風花や熱く脈打つ馬の腹
馬の肩叩けば埃冬日向
水洟一筋馬に大きな鼻の孔
動かざる風邪馬時に嘶ける
冬夕焼けまぐさ提げ来る髭男
榾の火のかさと牧場の馬寝たか
潮風に吹かれ秋声聞いてをり
波音の胸に響ける秋の海
秋潮に心惹かれつ飛沫受く
母子遊ぶ浜に波寄す秋の昼
貝殻を選りつつ拾ふ秋浜辺
流木のどこより来しか秋の浜
半島の沖に神島野分立つ
秋男波岩壁打ちて立ち上がる
突堤に釣人の影秋の夕
波音に心の澄めり秋夕べ
秋夕焼波はつかのま淡く染む
秋落暉たちまち海に吸はれゆく
月明に照らされてをり安らげり
伊勢湾台風時の残骸が蛭子社に
難破船の錨社に身にぞ入む
三河湾に住み鯔飛ぶを見てをりぬ
新型コロナウイルスの第三波が、深刻さを増してきております。したがいまして、一月十七日(日)に予定しておりました新春俳句大会を中止することにいたしました。
入賞者の表彰(若竹俳句賞・大会募集句・新報俳壇賞)につきましては、12月号で開催と掲載されましたが、中止になりました。
▽日時:2020年(令和2年)9月17日(木)
▽会場:西尾市総合福祉センター4階
▽主催:若竹吟社
去る九月十七日、「鬼城・うしほ・潮児 三師を偲ぶ会」が西尾市総合福祉センターで開催されました。コロナ禍の影響により、定員をしぼっての開催でしたが、充実した秋の一日となりました。
特に今回は、加古宗也主宰の講話が企画され、「若竹」の師系について、身近に知る良い機会となりました。その講話内容や句会の様子等、詳しくは「若竹」俳誌に掲載される予定です。当日の講話の様子は、下の動画から観ることができます。どうぞ、ご覧ください。
※ 宗也主宰の声の感じ(マイクを通した)や、当日会場にお持ち頂いた貴重な掛け軸もご覧になることができます。