No.1051 令和元年11月号

近江路や高稲架の上の時雨雲  うしほ

三面大黒天大祭
碧南市の遍照院には弘法大師の作と伝えられる日本でも稀に見る三面六臂の大黒天像が安置されている。高さ 1 米余の大黒様である。無二尊像として霊験あらたかである。毎年秋の大祭が11 月 5 日に行われる。家内安全、商売繁盛を願って多くの参拝者で賑わう。なお 5 月 5 日には、春季大祭も行われる。所在地・碧南市鷲林町2-13 名鉄三河線碧南中央駅からタクシーで10 分。問合せ・遍照院☎ 0566-41-4800。 写真撮影(カラー)・プリント・文 柘植草風

流 水 抄   加古宗也


米津神社句碑まつり 五句
しぐれ寒来て希典の虚ろな眼
希典を揶揄せば冬の蚊に刺さる
氏神の桜落葉を栞とす
しぐれ止みきし神苑に鳥語満つ
鳥語豊かにこぼれて神の留守を守る
名古屋城苑吟行 九句
義直の脛に傷あり菊人形
石垣の刻紋は十臭木の実
神旅にあり刻紋は串だんご
乃木倉庫南京錠をかけて冬
銀杏落葉や大鼔(おおかわ)の音抜けて
能笛のよよと湯豆腐舌を焼く
草紅葉して内堀の潜り門
神旅にあり堀底を晒しをり
懸崖の菊見て東門へ出る
投げ入れの野菊が似合ひ竹の花器
藤は実を垂れ土竜塚もつこもこ
灯火親しまた出して見るカムイ伝
灯火親し読みつぐ忍者武芸帳
ふるさとに砦山あり柿の秋
聖堂の白亞に薄日帰り花
オーボエに緊きしまる身や霜の朝
石蕗咲くや伊勢崎満てふ陶師
香月の絵愛し陶師の石蕗生ける
陶房のいつも小暗く昼の虫

真珠抄十一月号より 珠玉三十句

加古宗也 推薦


シャツの襟ぴんと案山子を立てにけり   田口 風子
窓開く小鳥の来たるその音に       荻野 杏子
句を一つ失くして二百十日かな      川嵜 昭典
爽やかや長湯の生徒置いてきて      山科 和子
子を宿す馬嘶きて秋晴るる        水野  歩
路地裏に絵本工房小鳥来る        市川 栄司
終戦の日や台風の上陸す         石崎 白泉
蚯蚓鳴く這いつくばつて磨く床      大澤 萌衣
台風来蟻の動きの激しくて        鶴田 和美
胡麻叩く小栗忠順(ただまさ)誇りとし  工藤 弘子
ひたすらに蝶の水吸ふ登山口       堀口 忠男
十手あり土器あり蚤の市夜涼       加島 孝允
なす術もなく転がりぬ明日は処暑     深見ゆき子
底紅や女あるじと京言葉         水野 幸子
廻船滝田家秋晴れの箱枕         桑山 撫子
潮児忌や指南の愛語夢に聞く       堀尾 幸平
恙なき暮しの中に昼の虫         加藤 久子
暑き日の水子地蔵は水に濡れ       堀田 和敬
花の名を聞きつつ歩く花野道       小川 洋子
地鎮祭祢宜に涼しく祝はるる       浅井 静子
遠雷や拾ひし貝を耳にあて        飯島たえ子
蹴り跳ねて一夜一下駄郡上盆       堀場 幸子
枝豆の後ひく旨さ古郷よ         石川 桂子
赤とんぼ群れて野中のクリニック     小原 玲子
無果実や断わり切れぬ置き薬       松元 貞子
蜩やちぐはぐに干す湯揉み板       監物 幸女
補聴器を外し健啖生身魂         岡田 季男
やうやうに辿り着きたる九月かな     稲石 總子
復調の力士柱をもろ手突き        白木 紀子
マンモスに氷河期人に熱帯夜       平井  香

選後余滴  加古宗也


なす術もなく転がりぬ明日は処暑     深見ゆき子
「処暑」は二十四節気の一つで、暑さが一応一段落する
頃という思いだろう。八月二十三日頃に当たる。地球温暖
化現象ともあいまって、今年の暑さは立秋後も続いた。そ
れも記録的な猛暑で、作者もまいったのだろう。どうしよ
うもなく、ただ転がるしかなかった。一切の抵抗もかなわ
なかったというのは滑稽を通り越して、むしろ冷静に、客
観的に自分を凝視している。俳人が俳人と呼ばれる所以は
じつはこの辺りにあるのである。自己を客観視する能力が
一般人よりはるかに優れている。ゆえにたいていのことは
慌てふためいたりしない。さらにこの俳句の魅力をいうと
すれば「明日は処暑」にある。明日になれば暑さも一段落す
るのに、それを待つことができないわが身の哀しさである。
虫鳴くを確かめに出る勝手口     ゆき子
この句には暑さを乗り越えた俳人のゆとりが見える。こ
のゆとりは俳句をすることによって得られる能力であるこ
とをわれわれ俳人は大切に思わなければなるまい。
窓開く小鳥の来たるその音に     荻野 杏子
小鳥が窓を鳴らす音に本格的な秋の訪れを感じ、胸おど
らせるのが俳人だ。それは自然界と常に接しつづけている
からで、それも俳句によって得られ、育てられた感性だと
いっていいだろう。村上鬼城の句に《小鳥この頃音もさせ
ずに来てをりぬ》というのがあるが、作者が普段に鬼城の
この句を愛唱しているからこそ生まれ出た句と云える。蕪
村のいう「古人の跡を求めず、古人の求めたるところを求
めよ」とはこういう作者の心掛けから、自ずと身について
くるものだといえる。そこには作者なればの俳句世界が
しっかり表現しきれている。
句を一つ失くして二百十日かな     川嵜 昭典
「二百十日」は厄日だ。立春から数えて二百十日目に当
たることから、「二百十日」という季語が生まれた。かつ
ては稲の花が咲く頃で、台風シーズンとも合致することか
ら、台風がやってくると稲の花が吹き飛ばされて収穫が激
減する。激減即ち凶作で、これはお百姓さんばかりではな
く人々の暮しに大打撃を与える。そこで、人間は知恵を使っ
て、花期と台風シーズンとをずらすことにかなり成功して
いる。もうすぐ「二百十日」も死語になるかもしれない。
さて、上掲の一句。「句を一つ失くして」しまったという
のだが、厄日がいよいよ暦の上だけのことで、稲の収穫と
強い繋がりが無くなってきたという、そのことを逆手に
取った一句ともとれる。逆手に取ること、即ち「俳諧」だ。
台風来蟻の動きの激しくて     鶴田 和美
動物には予知能力があるとか無いとか、ことに嵐の話し
などがよく出てくるが、蟻にも災害予知能力があるのだろ
うか。じつは俳句というものは、予知能力があるか無いか
という科学的真実をとらえようとするものではなく、ただ、
「そんな感じがする」「そんな気がする」で十分なのだ。即
ち、蟻の動きが激しくなってきたのを見て、台風が近づい
ているような気がするのだ。俳句という詩形には繰り返す
が科学的な正解はかならずしも必要ない。ところが逆に、
《鷹一つ見つけてうれし伊良呉崎》という芭蕉の俳句を見
て、芭蕉が鷹の渡りを知っていたと驚いた野鳥の会会員が
いた。確かに俳人は「直感力」の強い人が多いように思わ
れるし、俳句をしていると「直感力」が磨かれる。
終戦の日や台風の上陸す     石崎 白泉
「終戦の日」とは八月十五日。先の戦争を体験した人に
は八月十五日は生涯忘れられない日の一つだ。昭和時代八
月十五日のこの日を「終戦日」と呼ぶか「敗戦日」と呼ぶ
かで、意見が分かれたように記憶する。現在は圧倒的に「終
戦日」と呼ぶ人の方が多いような気がするが、どうだろう。
「敗戦」という呼び方は、日本人が日本国を卑下している
かにみえるからかも知れない。それに対して、二度と戦争
を繰り返すまいという人々からは「敗戦」説が根強く出て
くる。「敗戦」を意識することで「戦争の惨禍」を忘れま
いとする立場だ。それはさておき、敗戦から七十四年もたっ
てもう戦争の悲惨さは影が薄くなりつつあることも確か
だ。「台風上陸す」といなしながら、沖縄戦をはじめ、本
土決戦のことなど戦争の惨禍がないまぜになってくる不思
議な俳句だ。
シャツの襟ぴんと案山子を立てにけり    田口 風子
案山子といえば本来、お百姓の服装をしているのが普通
だったが、昨今は妙な案山子がけっこう登場している。そ
して、この句は、身だしなみ、という視点から案山子が詠
まれている点が異色で「シャツの襟ぴんと」とは何とも面
白い。人間と案山子がかさなり合うからだ。

竹林のせせらぎ  今泉かの子

青竹集・翠竹集作品鑑賞(九月号より)


浜木綿の坂路妹と手をつなぐ     金子あきゑ
大型の葉や太い茎の存在感。浜木綿の咲く道は上りや下り
のある坂道です。足下の不安定さに手をつないだのは妹御。
幼かった頃につながる安心感。そこには楽しさもまた。
ランチクルーズ待つ鍔広の夏帽子     酒井 英子
鍔広のハットは、夏の陽差しを遮るためだけでなく、小顔
効果もあるいわゆる女優帽。鍔の曲線が影を作ってエレガン
トな印象に。洋上でランチを頂く特別感にふさわしい夏帽子。
水たまり跨ぎてくぐる茅の輪かな     辻村 勅代
水たまりを避けようと落とした視線は、跨ぐ動作へ続き「く
ぐる」体勢へ。流れるような一連の動きです。跨いだのは、
水たまりと茅の輪。両方にかかる意味の「跨ぎて」です。
夏蝶になる寂しさは母のこと     中井 光瞬
この蝶はスピリチュアルな気配を帯びた蝶でしょうか。蝶
は亡き人の魂を運んでくる存在と謂われます。ご母堂への想
いと相まって、遠い日の記憶が蘇る夏、挽歌の蝶。
大青虫さてさて姫は何処にや     牧野 暁行
心遊ばすこのゆとり。全世界でベストセラーとなった絵本
『はらぺこあおむし』も想起されます。この大青虫もどんな
冒険が行く手に待ち受けているのか、姫との出会いや如何。
成績表甲乙とあり草の笛     渡邊たけし
歴史を物語る評定の成績表と、かつて子どもが吹き鳴らし
て遊んだ草笛と。ノスタルジー漂う草笛の響き。
星祭る庁舎の奥に投票所     関口 一秀
それぞれの願い事が吊された星祭の短冊。選挙に投ずる一
票。どちらの紙も現世に生きる願いを託しての一枚です。
もてなしはほたるの和菓子夏座敷     阿知波裕子
句碑まつりでの一句。近衛邸で出された和菓子の名はほた
る。それは螢の黄色い明かりがぽっと乗った、見事な美味し
い和菓子でした。整えられた設えの夏座敷にいただく一服。
お生花の百合ほめくれし父のこと     東浦津也子
お生花(せいか、流派によってでしょうか)。きっと気品
に満ちた百合の姿を生かした作品だったのでしょう。ご尊父
の言葉やその場面が、余韻となって広がっていくようです。
花嫁はみちのく育ち黄姫百合     鈴木 静香
姫百合の中でも黄色の花弁の黄姫百合。可憐で上向きに咲
く花のように、やさしく明るい感じの花嫁さんなのでしょう。
また、地に足をつけたような堅実さや誠実さも感じられます。
かもめ群れ来る庄内は青田波     天野れい子
庄内の地名が青田波の豊かさを裏付けています。地には
青々と伸びてきた苗が風に戦ぎ、空には鴎が群れ飛んでいま
す。美しい日本の風景。米所、山形の生き生きとした景。
夏座敷肛門隠さず猫歩く     斉藤 浩美
言ってくれちゃいました。でも、いつだって猫はそうなん
です。風通しのよい夏座敷の開けっぴろげな感じが、臆面も
ないこの詠みぶりにまた合っているんです。お見事なる活写。
夏草や錆びし錠鎖す芭蕉堂     石崎 白泉
「夏草や」の名句を下敷きに、錆びた錠で閉ざされている
芭蕉堂と今も変わらぬ夏草の生命力を詠んでいます。かつて
芭蕉が四度ほど訪れ遊んだ鳴海宿。鳴海駅近く誓願寺での作。
梅雨寺に筆するすると写経かな     高瀬あけみ
外は梅雨どきの静かな雨が降り続いています。幾分湿りを
帯びた紙を前に、落ち着いた心で写経する滑らかな筆の運び。
田の字となりぬ法要の夏座敷     冨永 幸子
大勢が集まる田舎の法要でしょう。昔の民家の代表的な間
取り、四間取り。襖を取り払えば田の字となる自在な夏座敷。
田掻牛馬鍬奔らす怒声かな     大石 望子
遠い記憶の景でしょうか。馬鍬(まぐわ)は横木につけた
櫛状の鉄の歯で土をならす農具。かつての農耕の姿が、怒声
にありありと蘇るようです。生活の糧を得る凛然たる厳しさ。
手術より検査の苦痛メロン切る     浅野  寛
贅沢品であるメロンを切ります。肝心の手術を前にもう苦
痛と闘っているのです。「切る」が手術に戻れば、生々しくも。
授かりし子に梅雨空の輝けり     荒川 洋子
しみじみとした喜びを感じます。梅雨空のお日様の光と、
神様より授かった子のもたらした明るさが共鳴しています。
夜濯ぎや給食袋と体操着     安藤 充子
二つの道具だてに、夜濯ぎの必然性と子育て時代の忙しさ
を思います。時間をやりくりしての毎日、子の明日を思って。

一句一会    川嵜昭典


山繭の五齢迎へし豊麗さ     鈴木 貞雄
(『俳句』九月号「楸の実」より)
山繭はヤママユガいうガのことで、天蚕ともいう。幼虫は
四回脱皮し、掲句の「五齢」は、その四回脱皮した後の、ま
さに幼虫の最後の姿のこと。この後幼虫は糸を吐いて繭を作
り、その中で蛹となり、成虫となる。しかし成虫は口が退化
しており、成虫になってからは一切食べ物を食べず、幼虫の
頃に蓄えたエネルギーだけで生活し、卵を産み、死んでいく。
繭作りから羽化し、更にその先からも一切何も口にしないこ
とを考えると、昆虫の生命力というのは不思議で計り知れな
い。すなわち、この五齢の時期は、最後の栄養を摂る期間で
あり、コナラの葉一枚をすぐに食べ尽くすほど、とにかくよ
く食べる。まさに「豊麗」である。いわゆる芋虫や毛虫は気
持ち悪いと感じるかもしれないが、その姿や生きる術を知る
と、とたんに愛おしくなり、美しく思えてくる。生き物の不
思議を讃えているかのようだ。

 

つゝゝゝゝ付きしほうたる草へ落つ     石  寒太
(『俳句』九月号「永訣」より)
何の説明もいらない、楽しい一句。「つ」の繰り返しが、
体に何頭も付いている蛍を想起させ、最後の「落つ」の「つ」
が、落ちた蛍の最後の一頭のようにも表現している。しかし
ながら、単に楽しいだけではなく、落ちた後の寂しさや哀愁
もこの句からは滲み出ている。
コスモスにのみ幾度も風過ぎる     市場 基巳
(『俳句』九月号より)
言われてみれば、コスモスはいつも揺れている。そしてそ
こに、確かに風がある。風が世界を漂う旅人だとすれば、コ
スモスはその旅人と会話し、世界の事象を聞いているかのよ
うだ。そして、作者にとっては感じられない風を、コスモス
が身に纏う光景は、コスモスや風から一人取り残された作者
の姿を想起させる。花は動くことができないが、それでいて
一人ではなく、反対に、人は動くことができるのに、一人に
なってしまう。そんな寂しさを感じさせるのも、コスモスと
いう花が、どことなく陰を持っているからなのだろう。
雨のよさ言ひあひ初夏の林行く     南 十二国
(『俳句』九月号「負けぬ」より)
「雨のよさ」とはどんな良さを話しているのだろうか。俳
人であれば、雨の良さはいくらでも出てくるような気がする。
それは芸術的、文学的に良いものだけではなく、雨のおかげ
で吟行・句会でいい成績が取れた、というような俗な事柄ま
でも含めて。掲句ではむしろ、そんな俗なことばかりを「言
ひあ」っていたのではないかと想像する。それは「初夏」だ
から。夏の、浮き立つような気分と、俳人として雨の中を歩
く嬉しさが交錯しているような気がする。やはり俳人にしか
分からない感覚というのはあると思う。俳句をやっていない
人には、理屈では分かってもらえても、実感として分かって
もらえない種類のものだ。この「雨のよさ」もその一つだ。
浸してはゆらぐ手のひら水の秋     江崎紀和子
(『俳壇』九月号「秋の滝」より)
きっと俳人でなければ、何とも思わずに素通りしてしまう
ような行為を詠んだ句。水に手を浸せば、揺らぐように見え
るのは当たり前だろう。しかし、揺らぐ、と感じるためには、
その浸した手の平を見続けなければいけない。そもそも、水
に触れようと思わなければならない。そんなことをわざわざ
するということが、忙しない現代となっては贅沢なのではな
いだろうか。水の冷たさ、透明感、そして浸したままじっと
止まっている時間。これらは俳句をしていなければ、感じる
こともなく終わってしまうのではないかと思うほどに、現代
は慌ただしい。
秋の声怠けてゐれば聞こえけり     山本 一歩
(『俳壇』九月号「豊年」より)
「怠けてゐれば」が何とも可笑しく感じられると同時に、
どきっとさせられる。仕事ばかりではなく、日常でも、わざ
わざ自然の声を聞かないように、忙しく過ごしているのでは
ないかと反省してしまう。例えばテレビ、そしてパソコンや
スマホ。そう考えると、怠ける、という言葉がとても肯定的
に響く。『ドラえもん』で、のび太が「一生懸命のんびりし
よう」と言うセリフがあるが、そんな気持ちにも繋がる「怠
け」だ。「怠」という漢字は、心を止める、という意味から
成り立ったようだ。心を一旦止め、身の回りの自然に気持ち
を委ねる。俳人の何たるかを教えてくれるような句だと思う。
講談社学術文庫冷索麺     本多  進
(『俳壇』九月号「さざなみ」より)
講談社学術文庫は、新潮文庫などに比べるとちょっと高い
文庫で、学生の頃はなかなか買えないものだった。その高嶺
の花とも言える本と索麺という庶民的なものとの落差が面白
い。ただ、学問は研究室にあるのではなく、庶民の内にある
ものだ、という作者の気概も、索麺という言葉からは感じる。