第35回若竹俳句賞

《 正 賞 》ひ と 日  池 田 真佐子

ノリタケの森に初秋の息を吸ふ
歩を向ける社殿色無き風のなか
鶺鴒打つ煉瓦畳のアプローチ
ゆく夏の人肌色の素焼皿
絵付け愉しむ母子涼しき色かさね
きちこうを挿し物音をたてぬ部屋
清秋の湖の色置く絵の具皿
絵付師に一心といふさやけさよ
きはやかに描かれし薔薇秋気澄む
ギャラリーの皿の千枚秋の声

ビスクドールの瞠りてしづか秋の昼
爽涼やボーンチャイナの対の皿
飾り壺に秋思の王妃吹かれ立ち
秋興やオールドノリタケとはゆたか
初秋風ひとり遊びに足るひと日
※ビスクドール=陶製アンティーク人形

 《 準 賞 》月夜野情景  飯 島 慶 子

しぐるるや街道沿ひの仕出し店
雪催ひ宴会客のどやどやと
雪しまく旧国道をチェーンの音
せり帽の引つかけてあり寒の土間
底冷の這ひ上がり来し腰辺り
寒き夜は祖父の添ひ寝と子守唄
魔法めく一夜のうちの雪化粧
冴返るぽつりと夜半の豆電球
膏薬の匂ひ立つ肩春炬燵
ロゴ入りのビールグラスや昭和の日
くちびるを真つ青にして夏の川
肌脱の祖父の大きな手術痕
聞き入るは妖狐の民話夕すすき
門前の落葉踏みしめ一周忌
岳の雪仰ぐ祖父母の眠る町

《佳 作》檜枝岐村  渡 邊 悦 子

水巡る色なき風の檜枝岐
小鳥来る歌舞伎舞台の土埃
石積みの客席高く鵙日和
    ※
秋冷や「橋場ばんば」の裁ち鋏
六地蔵幼な顔して彼岸花
色変へぬ松や集落氏三つ
曲家の馬槽に盛る吾亦紅
窓鋸に刻む屋号や木の実落つ
手入れよきマタギの銃に秋の蠅
秋湿り熊の毛皮に座す心地
秋日差す土間の木杓子よき色に
蕎麦刈の問へど返るは鎌の音
山人(やもうど)の日がな鍬うつ冬用意
水車小屋秋惜しむかに杵の音
猿鳴くや廃坑跡に望の月
※橋場ばんば=婆の姿をした縁切、縁結びの石像

《佳 作》ノスタルジア  中 野 こと葉

スーツケース引く石の道涅槃西風
老犬はいつも傍ら球根植う
麦の秋風追ふ白きスクーター
父の日や押し入れからクラリネット
少年の泣きじゃくる夜冷し瓜
海亀やメラネシアの海の清ら
黙り込む線香花火の小さき玉
ゆく夏をパノラマカーの警笛よ
抽斗にビスコの小箱つくつくし
なんきんの焼菓子碧き瞳の婦人
星月夜作りかけたるベビー服
疵林檎煮るありたけの瓶を煮る
寒の水音目印の道祖神
大型のバイク相乗る冬入日
旅立ちの朝紺碧のはないちげ

《努力賞》餌はキャベツ  鶴 田 和 美

緑陰や河馬舎ベンチに好きな席
朝涼の澄みたる水に沈む影
風薫る河馬の名を呼ぶ飼育員
波立ててプール底より河馬の浮く
ごつそりと水ごとプール出でし河馬
雲の峰ゆらりゆらりと歩く河馬
餌はキャベツ動かぬ河馬が動く時
河馬を見るガラスに映る白きシャツ
もう一人河馬を見る人夏帽子
秋近し河馬の横顔愁ひあり
遠雷や河馬舎に手書き河馬系図
大吉(四十四歳)亡くなる。二句
三月に眠りましたと飼育員
春キャベツあふるる河馬の献花台
翌年。出目𠮷(四歳)婿入り
夏の朝壁一面に河馬の糞
翌々年。
雌(めす)河馬に雄(お す)の歯の跡水温む

《努力賞》津具の里  今 泉 かの子

教場の跡や山藤なだれたる
おぼろ夜のとぎ汁土へしみゆけり
診療所の医師は青年田水張る
新郷土館ととのひて若葉冷
        ※
虎耳草旅寝語りの碑を囲む
ごめんなすつて艶々の茄子の太刀
近所の子来て乗りたがるハンモック
山の日や役場へ返す薪割機
糸のまま蜘蛛を出しやる盆の家
招かるるビニルハウスの葡萄棚
獣の腑抜けて乾きし葡萄の種
鹿垣は知多の漁網よ山の畑
斧壁にありてストーブ熾を抱く
華やぎは薪ストーブを囲みゐて
山の竹伐り出す夫の年用意
※碑= 「海にゐて深山恋しといふ人に告げばや津具の旅寝語りを」柳田國男の歌碑

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