第36回若竹俳句賞

《 正 賞 》島 に ゐ て   中 野 まさし

白牡丹鏡の奥に崩れをり
良き知らせ松の手入れをしてをれば
白もまた燃ゆる色なり朴の花
涼み台夕日の沈む海へ向け
秋耕や子を乗せ戻る猫車
野仏の頬ふつくらと島の秋
島にゐてとなりの島に秋の雲
寄せてくる波音ばかり霧の島
秋澄むや島の電話のよく聞え
鳶鳴いて島の渡船場秋深し
島巡り巡りて秋を惜しみけり
浜に生き浜に老ゆる身冬茜
石蕗咲いて土蔵造りの島の家
佐久島の雨大粒に石蕗の花
待春や島の時計のゆるく鳴る

《 準 賞 》実 と 実   堀 田 朋 子

猫追ひし藪柔らかし薮柑子
山桜桃の実含みて母を待ちてをり
イエス抱くマリアの十指青葡萄
すぐ溜まる嬰の涙や青胡桃
実桜や渡しの脇の花街跡
麦秋や地球の空のひとつづき
稲稔る杜氏の胸に新たな火
烏瓜熟る鎖場の息遣ひ
ワシコフの次の石榴を見定めり
刑場跡楠の実深く踏みながら
取りきれぬままの帰宅やいのこづち
ラ・フランスその痛みごと購ひぬ
街道の裏手の暮し芙蓉の実
暮るる空桐の実の形(なり)くつきりと
実と実の出合ふ凩の吹き溜り

《 準 賞 》夕   焼   池 田 真佐子

よき事は脚で探すや夏の旅
青い罌粟見ごろと聞けば心急く
涼しさのリフトは空へ近づきぬ
万緑や見え隠れしてジャンプ台
咲き満つと言へどもしづかお花畑
駒草や山のガイドは人が好き
日光黄菅山気に色の鮮(あたら)しき
夏蝶の短き恋に一途なる
また山の翳り黒百合俯きぬ
淡々と雪渓水に還りをり
若きらの無念刻みてケルン佇つ
水芭蕉歩み寄るほど白まさり
夏霧の巻きはじめたる靴の先
山下りて涼風に揉むふくらはぎ
夕焼を特急しなのに惜しみけり

《 佳 作 》沖縄本土復帰五十年  安 井 千佳子

復帰の日の風あをあをと辺戸岬
ほむらだつ梯梧の花や復帰の日
慰霊の日の平和の礎に千の風
クルス切る辺野古の崎の夏つばめ
赤花や洞(ガマ)の奥には万の悲話
老爺の琉歌せつなや浜をもと
この島の隅から隅まで沖縄忌
オスプレイの音の真下に藷を挿す
尺蠖の尺取りなほす沖縄忌
燃えながら基地に食ひ込むハイビスカス
透きとほる球児の指笛天高し
エイサーやどこを蹴つても不発弾
豊年と平和を願ふエイサーかな
色変へぬ松や本土復帰五十年
一切を霧に包みて基地の島

《 佳 作 》絹 の 里   新 部 とし子

秋高し蚕飼農家の梲かな
岳よりの風に大桑枯れ初めぬ
整然と蔟に眠る秋蚕かな
小春日やいとほしき繭小石丸
座繰り唄聞こえてきさう縁小春
八丁に撚る新絹の眩しさよ
無垢の艶小粋に留め今年絹
草木染絹マフラーの肌ざはり
キーストーン明治五年や秋の声
秋晴や煉瓦造りの繭倉庫
繰糸所の硝子天井秋日影
秋ともし錦絵に見る袴形
身に入むや「富岡日記」の工女の史
風穴に石積みの妙すさまじき
秋一日絹の里にて使ひきる

《 佳 作 》人生双六   髙 𣘺 まり子

身ほとりの愛でしいろいろ選りて秋
長き夜の止まりがちなる仕分けの手

名演の良夜の余韻あといくたび
吟行や着ぶくれて歩す千枚田
人垣の駅の聖樹を遠く見る
双六の上がりか旧居へ戻るのは
顔ぶれに句境新たや初句会
梱包の指の皸疼く夜
なごりの握手浅春の掌
はなむけの菫草手に引つ越せり
春潮の瀬戸内フェリー夜の航
朝靄の中に門司の灯鰆東風
囀に目覚めて部屋のがらんどう
旧き友来たり生(な)り物の茄子提げ
この町に縁ふたたび鳥渡る
※名演=名古屋演劇鑑賞会

《 努力賞 》渡良瀬遊水池  関 口 一 秋

廃村の谷中遺跡や秋の声
清秋や遺跡護るといふ女性
かなかなや谷中の墓地に老夫婦
葦原や三千町歩の畠の死す
身に入むや石と聖書の頭陀袋
秋霖や正造翁の蓑と笠
秋冷や命を賭けし直訴状
正造の生家の墓や彼岸花
秋暮るる脱硫塔の影黒し
秋寒し渡り坑夫の墓並ぶ
褐色の墓石の塔や暮の秋
秋寂ぶやカラミ煉瓦の黒き塀
煙害に滅びし村や秋の雨
源流の銅橋に赤蜻蛉
県境の渡良瀬橋や鰯雲

 

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