admin@wakatake のすべての投稿

第38回若竹俳句賞

《 正 賞 》萩の声   鈴 木 帰 心

五箇山の畑の目覚めや秋時雨
カンナ咲く用心池に金盥
庄川を間近に聞くや落胡桃
離村せし家解体の音冷ゆる
鷹渡る嘴の先輝かせ
小学校跡にシーソーゑのこ草
菊日和五箇山和紙のちぎり絵展
清秋や地主神社の格天井
曼珠沙華手踊りのごと蕊広ぐ
釣瓶落としや雪洞の灯る村
民謡を一家で愛し荻の声
麦屋節笠を捌けば律の風
三味線を一調子上げ唄さやか
民謡は声より熟(こな)し花薄
里ことばを掛け合ひ秋の祭果つ
※用心池=火災・融雪等、非常時対応の溜池。合掌造りの各戸に設置。

《 準 賞 》深吉野吟行   乙 部 妙 子

涼しさや鳶を眼下に石鼎庵
花合歓の谷をはさみて吉野杉
山滴る水分(みくまり)神社の赤鳥居
水分の茅の輪右足よりくぐる
井戸蓋にも梅雨の湿りや丹生真名井
飛沫上ぐ滝壺に投ぐ願ひ玉
河鹿笛まだ暮れ切らぬ川面より
河鹿鳴く古き良き宿天好園
深吉野の川より湧きし蛍かな
つかの間を吾が掌にとどめ蛍の火
再建を涼しく聞くや光蔵寺
梅雨晴れの棟上げ済みし無垢柱
和尚の手大きく優し日に焼けて
寝かせある師の碑に日傘かざしけり
再訪はヒマラヤユキノシタ咲く頃に

《 佳 作 》明滅   石 川 裕 子

ばら園を突つ切れといふ案内図
紫陽花やここが参道だつたのか
旧校舎ありし辺りの茂りかな
峰雲や赤で書きたる偉人の名
好きな草嫌ひな草もみな引ける
月涼し水上バスの窓開く
キャラメルの紙落ちてゐる宵祭
餌を咥へをり尾の切れし小守宮も
到来の瓜の黄のいろ金盥
黄桃や仏蘭西土産てふルージュ
若者ら略装多し秋の婚
草の種つきたる先生のズボン
祖母訪ひて鈴虫なぞを貰ひけり
身に入むや母の手蹟の試し書き
地下道の灯明滅して夜寒

《 佳 作 》地下鉄   池 田 真佐子

地下鉄は一本の喉冬に入る
階を下る足音堅し朝寒し
路線図に動脈静脈冬あたたか
自動改札抜ける速さよ十二月
短日の日がな廻るや環状線
無機質な窓にマスクの顔映る
手袋を咥へ両手でスマホ繰る
イヤホンは人寄せ付けず冬ざるる
ゼッケンに羽織るコートやラン帰り
冬帽の優先席に入れ替はる
着ぶくれて尻の重たき膝送り
耳飾りゆらゆら睡り暖房車
乗り込みてヘルプマークに雪しづく
四温の日白杖の人よく笑ふ
終点は車輛吸ひ込み年の果
※環状線=名古屋は名城線。
※ヘルプマーク=援助が必要な方の為のマーク

《 努力賞 》大鹿村歌舞伎   堀 場 幸 子

山吹の咲くころ味噌を仕込む里
脈々と息づく歌舞伎梅大樹
作業着のままの稽古や春ともし
農家の熊谷大工の敦盛山笑ふ
境内に敷き詰む茣蓙や春歌舞伎
村の衆茣蓙にろくべん春愉し
花桃や蕎麦屋の婆は着付け役
口上は新任村長風ひかる
綺羅纏ふ熊谷敦盛春まぶし
蝶ひらひら黒子の爺の見え隠れ
春光や目をかつぽじり見得きる子
どつとおひねりどつと掛け声飛花落花
長台詞も体の一部松の芯
花楓降るや太夫の弾き語り
伊那谷に響く手締めや春惜しむ
※ろくべん=大鹿村に江戸時代から伝わる行楽弁当

《 努力賞 》青森紀行   渡 邊 悦 子

国道三三八どこまでも海霧
やませ来る尻大きかな寒立馬
やませ吹き頻く怪し灯の尻屋崎
海猫鳴くや鮪の町の古ポスト
足裏震ふ硫黄噴く山風死せり
イルカ嗤ふよ夏旅の途中下車
設計図に夢積み上ぐる立佞武多
ごじやわだに沁みる三味の音夏の海
居酒屋に貝味噌焼きの帆立貝
紙魚の跡カウチそのまま斜陽館
浜昼顔風合瀨(かそせ)駅舎のほつこりと
縄文の土間に息衝く蟻の塔
青森県立美術館二句
時空跨ぐあおもり犬に夏仰ぐ
跳人の鈴遠し志功の丸眼鏡
浮いて来い船底の過去連絡船

《 努力賞 》トルコ旅情   髙 𣘺 まり子

イスタンブール旧市街八句
尖塔とドームの威容雲の峰
モスク広場もろこしの香と騒めきと
モスク入堂
うすもののスカーフ被り入堂す
群青のモザイク壁画涼しかり
金色のカリグラフィーや夏館
コーランをかき消す熱気汗拭ひ
物売りの媼土塀の片かげり
野良猫に餌バザールの朱夏の路地
ポスフォラス海峡二句
対岸はアジア屋台の鯖サンド
数分でつなぐ大陸冷房車
カッパドキア五句
日盛の奇岩の街や異界めく
丘陵の岩窟教会ラベンダー
日傘小脇に目鼻なきフレスコ画
かけ合ひ愉し陽気なる氷菓売
旅装解く洞窟ホテルの涼しさよ
※カリグラフィー=文字を美しく見せる手法。文字模様。
※ 数分で=二〇一三年十月マルマライ地下鉄トンネルが開通し、イスタンブールのアジア側とヨーロッパ側は、最短四分で往来できるようになった。

《 努力賞 》細胞検査士   飯 島 慶 子

きつかけは高校時代の夏休み
花万朶白衣に袖を通した日
教科書の新版求め春の街
若葉風実習生の自己紹介
恩師より合格通知十二月
細胞検査士として新社員として
使命はがんの早期発見夏の雲
白衣に残る試薬の匂ひ秋澄めり
身に入むや視野いつぱいの癌細胞
マッペ山積み十月は繁忙期
長き夜やウェブ配信の研修会
論文のコピー片手に鮭むすび
復職し十五回目の夏来る
万緑や同僚もみな母となり
天職と言へる幸せ二重虹

第37回若竹俳句賞

《 正 賞 》五箇山の秋   鈴 木 帰 心

五箇山や秋の水音高まりぬ
そばの花菅沼集落合掌家
甘薯並ぶ用心池に洗はれて
枯れ鬼灯の種なほ赤く合掌家
朝顔のつるを伸ばして茅の軒
世界遺産の村やカリヤス造成地
まんじゆしやげ南無阿弥陀仏の墓並ぶ
流刑小屋の屋根は合掌秋思ふと
秋の宿岩魚ゆつくり焼けてゆく
神木は村の誉れや秋祭
落人の村やちちろの鳴きどほし
身に入むや五箇山で聴く胡弓の音
秋海棠母娘で踊るお小夜節
唄ひ手の耳に補聴器こぼれ萩
秋の夜や輪になり踊る麦屋節
※用心池=火災・融雪等、非常時対応の溜池。合掌造りの各戸に設置。
※カリヤス=合掌造り家屋の茅葺き材として使用されるイネ科ススキ属の多年草。

《 準 賞 》能登荒磯   安 井 千佳子

くろがねの能登の外海寒雷す
冬将軍来るなら来いと東尋坊
打ち寄する男波女浪や鰤起し
雪起し千の棚田を揺さぶれり
能登荒磯しまき晴れする朝かな
海鳴りに日矢に彩増す雪中花
風垣をして世にあらがはず能登漁家
岬鼻小さき祠も風除けを
遭難碑にたたずむ能登の雪女郎
千両万両活けて北前船問屋
大床(おほどこ)に「海難供養図」親鸞忌
雪ばんば舞ふや家船((ぶね)の錆時計
荒彫りの仁王像の寒埃
摺り足の修行僧にからむ北風(きた)
抜け道に小仏十基冬ざくら

《 佳 作 》嵯 峨 野 逍 遥   髙 𣘺 まり子

煤逃の電車や一路嵐山
保津川の堰の白波ゆりかもめ
橋の上にジャケット色を溢れしむ
俥屋の印袢纏風はらむ
天龍寺三句
池の面に逆さとなりて冬紅葉
大方丈の縁に座し日向ぼこ
障子明かりや達磨図の遠睨み
落柿舎・去来墓五句
戸口に蓑笠しぐれの去来庵
蕉門の俳諧道場炭をつぎ
埋火や蕉翁訓の庵を統ぶ
世々を経て無住の庭の木守柿
塚凍つる去来とのみぞ刻まれて
化野念仏寺三句
昼闇の風葬の山冬ざるる
無縁墓の魂彷徨へる虎落笛
水子地蔵や新しき毛糸帽

《 佳 作 》返 り 花   水 野 幸 子

みちのくの海の匂ひの初便り
春暁の島うすうすと寝釈迦めく
濡るるほど笑みをこぼしぬ甘茶仏
草笛を吹き草笛に応へけり
夏帽子を選ぶ何度も鏡みて
白玉や忘れ上手に生きてをり
夕張の夕日の色のメロンかな
古代よりの空のありけり蓮の花
もろこしを茹でて八月十五日
朝顔の折目ただしき一日かな
棉吹くや月日は風のやうに過ぎ
父の声師の声のして水澄めり
裏口を訪ふ親しさや石蕗の花
枯菊の一すぢの紅にほひくる
母と子の笑顔のやうな返り花

《努力賞》猪 の 皮   稲 吉 柏 葉

夏大根辛しと昼の夫婦かな
扇風機遠くに置きて妻愛す
主語のなき夫婦の会話夕涼し
曲り角なき青空や赤とんぼ
墓洗ふ家より汲みし水使ひ
おどしづつ都会暮らしに決別し
青柿や死に金すこし蓄へて
晩夏かな岬のかなたの岬ながめ
猪の皮干して残暑の足助町
秋の日の畑ぱちぱち火が爆ぜて
彼岸花墓が休んでゆけと言ふ
鉄扉もて閉す霊廟や赤とんぼ
秋蟬や死んでやるてふ負け惜しみ
栗笑ふ空がすとんと抜けてをり
百選の棚田どの田も豊の秋

《努力賞》下 鴨 神 社   池 田 真佐子

春光や足早となる靴の先
ここよりは半木(なからぎ)の道花の道
桜観に来よこの鴨川の堤来よ
ゆつくりと呆けてゆくや花の風
花を観る人を眺めてをりにけり
風光る上ル下ルと道案内
蝶の昼みたらし茶屋はけふ休み
囀や糺(ただす)の森に神いくつ
心澄む青葉の鳥居くぐるたび
化粧絵馬目鼻涼しくうち揃ふ
みんなみへ歩く雲雀の声を連れ
ホルンふがふが春昼の河川敷
うららかや右と左に川岐る
八坂の宮抜けて連なる屋台の灯
春暮色坂の途中に買ふ七味

《努力賞》生 き る と は   飯 島 慶 子

沈丁花かぐはし今日は誕生日
研究者の妻の心得草青む
白藤や何にも染まることなかれ
春の夜の押し潰されさうな心
白薔薇の風にまかせて散りにけり
さくらんぼそろそろしたき仲直り
子を育て上げし乳房や夏の宵
立秋の胸にホルター心電計
身に入むや吾より若きがん患者
群れられぬ一本のあり曼珠沙華
星空に打ち明け話捨案山子
名月や母は何でもお見通し
そぞろ寒暗きままなる子供部屋
たましひの流るるごとくうろこ雲
生きるとは向き合ふ日々や秋高し

《努力賞》みちのく古寺巡礼   乙 部 妙 子

惜秋の千の石段立石寺
根本中堂火色さやかに不滅の灯
秋声のせみ塚丸くて小さくて
野菊なびく崖の上なる納経堂
ほのぼのと湯気やみちのくはつと鍋
金風や黄金の国の金色堂
金堂へ紅葉を急ぐ木々ばかり
義経は今も英雄木の実落つ
鞘堂は政子の寄進昼ちちろ
色変へぬ松や丹塗りの毛越寺(もうつうじ)
遣水のあえかな流れ小鳥来る
産卵のとんぼ数多や浄土池
端巌寺伊達家の贅を尽くし秋
眼帯せぬ政宗像に風白し
秋冷の岩に穿ちし籠堂

句集紹介

新刊 江川貞代

句集 からつこつつぼ花吹雪

 飛花落花まづ水分りの水を手に

東吉野村には多くの分水嶺がある。「雪月花」よりも、まず愛でたいものに「水分りの水」があるというのだ。意表を突くといおうか、貞代さんのたまらない魅力はこんなところにもある。つまり、常識を臆面もなく打ち破ってしまうのだ。
詩要はどこまでも大きく豊かで、明日からも次々に私を驚かせる俳句を生むにちがいない。

加古宗地(「序」より)

文擊の森