《 正 賞 》萩の声 鈴 木 帰 心
五箇山の畑の目覚めや秋時雨
カンナ咲く用心池に金盥
庄川を間近に聞くや落胡桃
離村せし家解体の音冷ゆる
鷹渡る嘴の先輝かせ
小学校跡にシーソーゑのこ草
菊日和五箇山和紙のちぎり絵展
清秋や地主神社の格天井
曼珠沙華手踊りのごと蕊広ぐ
釣瓶落としや雪洞の灯る村
民謡を一家で愛し荻の声
麦屋節笠を捌けば律の風
三味線を一調子上げ唄さやか
民謡は声より熟(こな)し花薄
里ことばを掛け合ひ秋の祭果つ
※用心池=火災・融雪等、非常時対応の溜池。合掌造りの各戸に設置。
《 準 賞 》深吉野吟行 乙 部 妙 子
涼しさや鳶を眼下に石鼎庵
花合歓の谷をはさみて吉野杉
山滴る水分(みくまり)神社の赤鳥居
水分の茅の輪右足よりくぐる
井戸蓋にも梅雨の湿りや丹生真名井
飛沫上ぐ滝壺に投ぐ願ひ玉
河鹿笛まだ暮れ切らぬ川面より
河鹿鳴く古き良き宿天好園
深吉野の川より湧きし蛍かな
つかの間を吾が掌にとどめ蛍の火
再建を涼しく聞くや光蔵寺
梅雨晴れの棟上げ済みし無垢柱
和尚の手大きく優し日に焼けて
寝かせある師の碑に日傘かざしけり
再訪はヒマラヤユキノシタ咲く頃に
《 佳 作 》明滅 石 川 裕 子
ばら園を突つ切れといふ案内図
紫陽花やここが参道だつたのか
旧校舎ありし辺りの茂りかな
峰雲や赤で書きたる偉人の名
好きな草嫌ひな草もみな引ける
月涼し水上バスの窓開く
キャラメルの紙落ちてゐる宵祭
餌を咥へをり尾の切れし小守宮も
到来の瓜の黄のいろ金盥
黄桃や仏蘭西土産てふルージュ
若者ら略装多し秋の婚
草の種つきたる先生のズボン
祖母訪ひて鈴虫なぞを貰ひけり
身に入むや母の手蹟の試し書き
地下道の灯明滅して夜寒
《 佳 作 》地下鉄 池 田 真佐子
地下鉄は一本の喉冬に入る
階を下る足音堅し朝寒し
路線図に動脈静脈冬あたたか
自動改札抜ける速さよ十二月
短日の日がな廻るや環状線
無機質な窓にマスクの顔映る
手袋を咥へ両手でスマホ繰る
イヤホンは人寄せ付けず冬ざるる
ゼッケンに羽織るコートやラン帰り
冬帽の優先席に入れ替はる
着ぶくれて尻の重たき膝送り
耳飾りゆらゆら睡り暖房車
乗り込みてヘルプマークに雪しづく
四温の日白杖の人よく笑ふ
終点は車輛吸ひ込み年の果
※環状線=名古屋は名城線。
※ヘルプマーク=援助が必要な方の為のマーク
《 努力賞 》大鹿村歌舞伎 堀 場 幸 子
山吹の咲くころ味噌を仕込む里
脈々と息づく歌舞伎梅大樹
作業着のままの稽古や春ともし
農家の熊谷大工の敦盛山笑ふ
境内に敷き詰む茣蓙や春歌舞伎
村の衆茣蓙にろくべん春愉し
花桃や蕎麦屋の婆は着付け役
口上は新任村長風ひかる
綺羅纏ふ熊谷敦盛春まぶし
蝶ひらひら黒子の爺の見え隠れ
春光や目をかつぽじり見得きる子
どつとおひねりどつと掛け声飛花落花
長台詞も体の一部松の芯
花楓降るや太夫の弾き語り
伊那谷に響く手締めや春惜しむ
※ろくべん=大鹿村に江戸時代から伝わる行楽弁当
《 努力賞 》青森紀行 渡 邊 悦 子
国道三三八どこまでも海霧
やませ来る尻大きかな寒立馬
やませ吹き頻く怪し灯の尻屋崎
海猫鳴くや鮪の町の古ポスト
足裏震ふ硫黄噴く山風死せり
イルカ嗤ふよ夏旅の途中下車
設計図に夢積み上ぐる立佞武多
ごじやわだに沁みる三味の音夏の海
居酒屋に貝味噌焼きの帆立貝
紙魚の跡カウチそのまま斜陽館
浜昼顔風合瀨(かそせ)駅舎のほつこりと
縄文の土間に息衝く蟻の塔
青森県立美術館二句
時空跨ぐあおもり犬に夏仰ぐ
跳人の鈴遠し志功の丸眼鏡
浮いて来い船底の過去連絡船
《 努力賞 》トルコ旅情 髙 𣘺 まり子
イスタンブール旧市街八句
尖塔とドームの威容雲の峰
モスク広場もろこしの香と騒めきと
モスク入堂
うすもののスカーフ被り入堂す
群青のモザイク壁画涼しかり
金色のカリグラフィーや夏館
コーランをかき消す熱気汗拭ひ
物売りの媼土塀の片かげり
野良猫に餌バザールの朱夏の路地
ポスフォラス海峡二句
対岸はアジア屋台の鯖サンド
数分でつなぐ大陸冷房車
カッパドキア五句
日盛の奇岩の街や異界めく
丘陵の岩窟教会ラベンダー
日傘小脇に目鼻なきフレスコ画
かけ合ひ愉し陽気なる氷菓売
旅装解く洞窟ホテルの涼しさよ
※カリグラフィー=文字を美しく見せる手法。文字模様。
※ 数分で=二〇一三年十月マルマライ地下鉄トンネルが開通し、イスタンブールのアジア側とヨーロッパ側は、最短四分で往来できるようになった。
《 努力賞 》細胞検査士 飯 島 慶 子
きつかけは高校時代の夏休み
花万朶白衣に袖を通した日
教科書の新版求め春の街
若葉風実習生の自己紹介
恩師より合格通知十二月
細胞検査士として新社員として
使命はがんの早期発見夏の雲
白衣に残る試薬の匂ひ秋澄めり
身に入むや視野いつぱいの癌細胞
マッペ山積み十月は繁忙期
長き夜やウェブ配信の研修会
論文のコピー片手に鮭むすび
復職し十五回目の夏来る
万緑や同僚もみな母となり
天職と言へる幸せ二重虹