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第37回若竹俳句賞

《 正 賞 》五箇山の秋   鈴 木 帰 心

五箇山や秋の水音高まりぬ
そばの花菅沼集落合掌家
甘薯並ぶ用心池に洗はれて
枯れ鬼灯の種なほ赤く合掌家
朝顔のつるを伸ばして茅の軒
世界遺産の村やカリヤス造成地
まんじゆしやげ南無阿弥陀仏の墓並ぶ
流刑小屋の屋根は合掌秋思ふと
秋の宿岩魚ゆつくり焼けてゆく
神木は村の誉れや秋祭
落人の村やちちろの鳴きどほし
身に入むや五箇山で聴く胡弓の音
秋海棠母娘で踊るお小夜節
唄ひ手の耳に補聴器こぼれ萩
秋の夜や輪になり踊る麦屋節
※用心池=火災・融雪等、非常時対応の溜池。合掌造りの各戸に設置。
※カリヤス=合掌造り家屋の茅葺き材として使用されるイネ科ススキ属の多年草。

《 準 賞 》能登荒磯   安 井 千佳子

くろがねの能登の外海寒雷す
冬将軍来るなら来いと東尋坊
打ち寄する男波女浪や鰤起し
雪起し千の棚田を揺さぶれり
能登荒磯しまき晴れする朝かな
海鳴りに日矢に彩増す雪中花
風垣をして世にあらがはず能登漁家
岬鼻小さき祠も風除けを
遭難碑にたたずむ能登の雪女郎
千両万両活けて北前船問屋
大床(おほどこ)に「海難供養図」親鸞忌
雪ばんば舞ふや家船((ぶね)の錆時計
荒彫りの仁王像の寒埃
摺り足の修行僧にからむ北風(きた)
抜け道に小仏十基冬ざくら

《 佳 作 》嵯 峨 野 逍 遥   髙 𣘺 まり子

煤逃の電車や一路嵐山
保津川の堰の白波ゆりかもめ
橋の上にジャケット色を溢れしむ
俥屋の印袢纏風はらむ
天龍寺三句
池の面に逆さとなりて冬紅葉
大方丈の縁に座し日向ぼこ
障子明かりや達磨図の遠睨み
落柿舎・去来墓五句
戸口に蓑笠しぐれの去来庵
蕉門の俳諧道場炭をつぎ
埋火や蕉翁訓の庵を統ぶ
世々を経て無住の庭の木守柿
塚凍つる去来とのみぞ刻まれて
化野念仏寺三句
昼闇の風葬の山冬ざるる
無縁墓の魂彷徨へる虎落笛
水子地蔵や新しき毛糸帽

《 佳 作 》返 り 花   水 野 幸 子

みちのくの海の匂ひの初便り
春暁の島うすうすと寝釈迦めく
濡るるほど笑みをこぼしぬ甘茶仏
草笛を吹き草笛に応へけり
夏帽子を選ぶ何度も鏡みて
白玉や忘れ上手に生きてをり
夕張の夕日の色のメロンかな
古代よりの空のありけり蓮の花
もろこしを茹でて八月十五日
朝顔の折目ただしき一日かな
棉吹くや月日は風のやうに過ぎ
父の声師の声のして水澄めり
裏口を訪ふ親しさや石蕗の花
枯菊の一すぢの紅にほひくる
母と子の笑顔のやうな返り花

《努力賞》猪 の 皮   稲 吉 柏 葉

夏大根辛しと昼の夫婦かな
扇風機遠くに置きて妻愛す
主語のなき夫婦の会話夕涼し
曲り角なき青空や赤とんぼ
墓洗ふ家より汲みし水使ひ
おどしづつ都会暮らしに決別し
青柿や死に金すこし蓄へて
晩夏かな岬のかなたの岬ながめ
猪の皮干して残暑の足助町
秋の日の畑ぱちぱち火が爆ぜて
彼岸花墓が休んでゆけと言ふ
鉄扉もて閉す霊廟や赤とんぼ
秋蟬や死んでやるてふ負け惜しみ
栗笑ふ空がすとんと抜けてをり
百選の棚田どの田も豊の秋

《努力賞》下 鴨 神 社   池 田 真佐子

春光や足早となる靴の先
ここよりは半木(なからぎ)の道花の道
桜観に来よこの鴨川の堤来よ
ゆつくりと呆けてゆくや花の風
花を観る人を眺めてをりにけり
風光る上ル下ルと道案内
蝶の昼みたらし茶屋はけふ休み
囀や糺(ただす)の森に神いくつ
心澄む青葉の鳥居くぐるたび
化粧絵馬目鼻涼しくうち揃ふ
みんなみへ歩く雲雀の声を連れ
ホルンふがふが春昼の河川敷
うららかや右と左に川岐る
八坂の宮抜けて連なる屋台の灯
春暮色坂の途中に買ふ七味

《努力賞》生 き る と は   飯 島 慶 子

沈丁花かぐはし今日は誕生日
研究者の妻の心得草青む
白藤や何にも染まることなかれ
春の夜の押し潰されさうな心
白薔薇の風にまかせて散りにけり
さくらんぼそろそろしたき仲直り
子を育て上げし乳房や夏の宵
立秋の胸にホルター心電計
身に入むや吾より若きがん患者
群れられぬ一本のあり曼珠沙華
星空に打ち明け話捨案山子
名月や母は何でもお見通し
そぞろ寒暗きままなる子供部屋
たましひの流るるごとくうろこ雲
生きるとは向き合ふ日々や秋高し

《努力賞》みちのく古寺巡礼   乙 部 妙 子

惜秋の千の石段立石寺
根本中堂火色さやかに不滅の灯
秋声のせみ塚丸くて小さくて
野菊なびく崖の上なる納経堂
ほのぼのと湯気やみちのくはつと鍋
金風や黄金の国の金色堂
金堂へ紅葉を急ぐ木々ばかり
義経は今も英雄木の実落つ
鞘堂は政子の寄進昼ちちろ
色変へぬ松や丹塗りの毛越寺(もうつうじ)
遣水のあえかな流れ小鳥来る
産卵のとんぼ数多や浄土池
端巌寺伊達家の贅を尽くし秋
眼帯せぬ政宗像に風白し
秋冷の岩に穿ちし籠堂

句集紹介

新刊 江川貞代

句集 からつこつつぼ花吹雪

 飛花落花まづ水分りの水を手に

東吉野村には多くの分水嶺がある。「雪月花」よりも、まず愛でたいものに「水分りの水」があるというのだ。意表を突くといおうか、貞代さんのたまらない魅力はこんなところにもある。つまり、常識を臆面もなく打ち破ってしまうのだ。
詩要はどこまでも大きく豊かで、明日からも次々に私を驚かせる俳句を生むにちがいない。

加古宗地(「序」より)

文擊の森

第36回若竹俳句賞

《 正 賞 》島 に ゐ て   中 野 まさし

白牡丹鏡の奥に崩れをり
良き知らせ松の手入れをしてをれば
白もまた燃ゆる色なり朴の花
涼み台夕日の沈む海へ向け
秋耕や子を乗せ戻る猫車
野仏の頬ふつくらと島の秋
島にゐてとなりの島に秋の雲
寄せてくる波音ばかり霧の島
秋澄むや島の電話のよく聞え
鳶鳴いて島の渡船場秋深し
島巡り巡りて秋を惜しみけり
浜に生き浜に老ゆる身冬茜
石蕗咲いて土蔵造りの島の家
佐久島の雨大粒に石蕗の花
待春や島の時計のゆるく鳴る

《 準 賞 》実 と 実   堀 田 朋 子

猫追ひし藪柔らかし薮柑子
山桜桃の実含みて母を待ちてをり
イエス抱くマリアの十指青葡萄
すぐ溜まる嬰の涙や青胡桃
実桜や渡しの脇の花街跡
麦秋や地球の空のひとつづき
稲稔る杜氏の胸に新たな火
烏瓜熟る鎖場の息遣ひ
ワシコフの次の石榴を見定めり
刑場跡楠の実深く踏みながら
取りきれぬままの帰宅やいのこづち
ラ・フランスその痛みごと購ひぬ
街道の裏手の暮し芙蓉の実
暮るる空桐の実の形(なり)くつきりと
実と実の出合ふ凩の吹き溜り

《 準 賞 》夕   焼   池 田 真佐子

よき事は脚で探すや夏の旅
青い罌粟見ごろと聞けば心急く
涼しさのリフトは空へ近づきぬ
万緑や見え隠れしてジャンプ台
咲き満つと言へどもしづかお花畑
駒草や山のガイドは人が好き
日光黄菅山気に色の鮮(あたら)しき
夏蝶の短き恋に一途なる
また山の翳り黒百合俯きぬ
淡々と雪渓水に還りをり
若きらの無念刻みてケルン佇つ
水芭蕉歩み寄るほど白まさり
夏霧の巻きはじめたる靴の先
山下りて涼風に揉むふくらはぎ
夕焼を特急しなのに惜しみけり

《 佳 作 》沖縄本土復帰五十年  安 井 千佳子

復帰の日の風あをあをと辺戸岬
ほむらだつ梯梧の花や復帰の日
慰霊の日の平和の礎に千の風
クルス切る辺野古の崎の夏つばめ
赤花や洞(ガマ)の奥には万の悲話
老爺の琉歌せつなや浜をもと
この島の隅から隅まで沖縄忌
オスプレイの音の真下に藷を挿す
尺蠖の尺取りなほす沖縄忌
燃えながら基地に食ひ込むハイビスカス
透きとほる球児の指笛天高し
エイサーやどこを蹴つても不発弾
豊年と平和を願ふエイサーかな
色変へぬ松や本土復帰五十年
一切を霧に包みて基地の島

《 佳 作 》絹 の 里   新 部 とし子

秋高し蚕飼農家の梲かな
岳よりの風に大桑枯れ初めぬ
整然と蔟に眠る秋蚕かな
小春日やいとほしき繭小石丸
座繰り唄聞こえてきさう縁小春
八丁に撚る新絹の眩しさよ
無垢の艶小粋に留め今年絹
草木染絹マフラーの肌ざはり
キーストーン明治五年や秋の声
秋晴や煉瓦造りの繭倉庫
繰糸所の硝子天井秋日影
秋ともし錦絵に見る袴形
身に入むや「富岡日記」の工女の史
風穴に石積みの妙すさまじき
秋一日絹の里にて使ひきる

《 佳 作 》人生双六   髙 𣘺 まり子

身ほとりの愛でしいろいろ選りて秋
長き夜の止まりがちなる仕分けの手

名演の良夜の余韻あといくたび
吟行や着ぶくれて歩す千枚田
人垣の駅の聖樹を遠く見る
双六の上がりか旧居へ戻るのは
顔ぶれに句境新たや初句会
梱包の指の皸疼く夜
なごりの握手浅春の掌
はなむけの菫草手に引つ越せり
春潮の瀬戸内フェリー夜の航
朝靄の中に門司の灯鰆東風
囀に目覚めて部屋のがらんどう
旧き友来たり生(な)り物の茄子提げ
この町に縁ふたたび鳥渡る
※名演=名古屋演劇鑑賞会

《 努力賞 》渡良瀬遊水池  関 口 一 秋

廃村の谷中遺跡や秋の声
清秋や遺跡護るといふ女性
かなかなや谷中の墓地に老夫婦
葦原や三千町歩の畠の死す
身に入むや石と聖書の頭陀袋
秋霖や正造翁の蓑と笠
秋冷や命を賭けし直訴状
正造の生家の墓や彼岸花
秋暮るる脱硫塔の影黒し
秋寒し渡り坑夫の墓並ぶ
褐色の墓石の塔や暮の秋
秋寂ぶやカラミ煉瓦の黒き塀
煙害に滅びし村や秋の雨
源流の銅橋に赤蜻蛉
県境の渡良瀬橋や鰯雲