No.1127 令和8年3月号

井垣清明の書64

鑽 燧(さんすい)

平成24年(二〇一二年)五月
第47回北城書社展(上野の森美術館)

釈 文

燧(すい)を鑽(き)る(木の棒で錐揉みして火を得る)。管子曰く、燧を鑽り火を易へ、井を杼し水を易ふ。茲の毒を去く所以なり。壬辰啓蟄後三日、韓清明書于玄黄齋。

流 水 抄   加古宗也


熱々に生姜湯沸かし追儺寺
うぐひすや陀羅尼助煮る庫裡の土間
輪島には旧き友あり風二月
北窓を開ければ白き雲流れ
生家いま更地に蝶々飛んできし
吉良・源徳寺
額に入るお蝶の写真暖かし
任侠の心を温ね瓢々忌
東光の文字温かし瓢々忌
この橋を渡れば吉良や瓢々忌
士郎忌やいつも心に熱きもの
立志とは明日拓くこと瓢々忌
安曇野に二連の水車猫柳
里寺に勇塚あり紅椿
( 註) 勇塚= 近藤勇首塚
尊氏が開基の一宇囀れる
岡崎城址
胞衣塚と云ふ怪なもの木の芽寒
神君の遺訓を復習ひ風光る
木の芽寒来て信玄のされかうべ
石光寺
染の井の石組美しき寒あやめ
裏山に人の声あり木の芽晴
S L は週末に来る花菜畑

光 風 抄   田口風子


モアイの鼻滑りし夢を初日記
人日や八卦見のゐるアーケード
人日の暗がりにある百度石
淑気満つ栞挿んであるページ
神鶏のうしろ初鳩ゐて飛ばず
木洩れ日の猿の腰掛淑気満つ
淑気満つとは校倉の土用殿
寒禽の影掠めゆく荒魂
鳰の湖鳰の潜きし朝の音
ひとところ日差しきらめく寒の入

真珠抄三月号より 珠玉三十句

加古宗也 推薦


冬あたたか人声に似てホルンの音     池田真佐子
お揃いの赤手袋で駅伝部         鈴木 恵子
マネキンの裸体に着せる春着かな     斉藤 浩美
何事ぞ白鳥つぎつぎ立ち上がる      堀口 忠男
貝噛めば砂の音する風邪心地       大杉 幸靖
窯出しに行き合ふ幸や冬ぬくし      堀田 朋子
年の暮八百屋魚屋美容院         重留 香苗
涅槃図の絵解きに猫の座りたる      工藤 弘子
寒つばき定形外郵便が来る        石川 裕子
知る顔のありて近づく冬日向       川嵜 昭典
干し座布団並べ居酒屋店開ける      中澤さくら
丈高き本願寺塀雪催           市川 栄司
仁王門くぐりて淑気満つ中へ       笹澤はるな
人波の上を熊手が初えびす        鈴木 恭美
つばさめくアラビア文字や寒明くる    大澤 萌衣
節料理小さく切りし母の分        黒野美由紀
十二月納戸となりし子供部屋       杉本 金男
アマビエのだるまの消えしだるま市    福本めい子
馬術部の馬の整列初詣          関口 一秋
眼の手術待つ間の長し短かき日      米津季恵野
除夜の鐘聞きつ湯舟に足伸ばす      伊藤 恵美
知多の海波高くして義朝忌        奥村 頼子
初電車斜めに乗り来弓袋         堀場 幸子
山眠る封書を燃やすドラム缶       長表 昌代
晴天の池全面に氷張る          児玉はこべ
極上の岬の風に大根干す         杉村 草仙
歩き出せば涙出てきて寒の入       烏野かつよ
知らぬ間に揃ふ歩幅や今朝の春      加島 照子
水漬きたる田に鷺一羽寒暮光       酒井 英子
屠蘇の膳父の誡め懐しき         荒川 洋子

選後余滴  加古宗也


知多の海波高くして義朝忌   奥村 頼子
義朝(よしとも)は源義朝のこと。つまり、鎌倉幕府を
開いた源頼朝の父親のことで、平家に追われて、現在の愛
知県知多まで、下臣・長田を頼ってきたが、長田の裏切り
によって風呂場で裸のまま惨殺された。そのとき義朝が
「木太刀の一本もあれば、お前たちに殺されることはなかっ
たのに」と言ったという伝説がある。現在、野間大坊の一
隅に木太刀に願い事を書いて塚に奉納する木太刀塚があ
る。命日の正月三日には多くの参詣者がここを訪れ、塚が
見えなくなるほど、多くの木太刀が奉納される。
丈高き本願寺塀雪催   市川 栄司
この句はおそらく東本願寺を詠んだものと思われる。随
分、古い話になるが蓮如上人五百回忌の折り、東本願寺枳
殻邸(きこくてい)で、全国俳句大会が開かれ、牧野暁行
同人会長と深見ゆき子同人の二人と、私も特別選者として
招かれて出席した。当日は、蓮如五百回忌の本願寺主催行
事だったが約五百人の俳人が出席、牧野暁行同人会長が、
稲畑汀子ホトトギス主宰の特選に選ばれ、文句無しの評価
をいただいた。会終了後、八坂神社へタクシーで向い、祇
園の枝垂桜を楽しんだことを懐かしく思い出す。
冬あたたか人声に似てホルンの音   池田真佐子
「人声に似て」がこの句のポイント。人がハグを好むの
は人の温みが好きだからだ。そして、その温みには、安心
がある。私も中学生の頃、吹奏楽部に属していたことがあ
り、この句を詠みながらほのぼのとした心地になった。
涅槃図の絵解きに猫の座りたる   工藤 弘子
「涅槃図」というのは、仏陀の死の折りの様子を絵にした
もので、仏陀の周りには多くの動物が集まり、その死を悼
む様子が描かれている。そして、その図の中に猫は描かれ
ていない。一説には、十二支の先頭にねずみがくるが、猫
はそのねずみを食べてしまうからだという。涅槃図の仲間
に入れてもらえなかった猫を作者が仲間入りさせてやろう
という作者のやさしさから生まれた一句だろうか。
水漬きたる田に鷺一羽寒暮光   酒井 英子
西三河地方では、かつては二毛作が普通だったが、近年
はすっかり冬の田は荒涼としている。私の子供時代は、米
作ともう一つ裏作といって麦を植えたり、菜種を植えたりす
るのが普通だった。文部省唱歌「菜の花」の歌詞のとおり、
西尾市の真中にある八ツ面山(やつおもてやま)から南を眺
めると、はるか彼方まで菜の花畑がつづき、その向うに三河
湾を望むことができた。現在はすっかり二毛作はみられなく、
ただただ水漬きたる田になっている。ここに登場するのは鷺
だが、昨年、コウノトリがやってきて目撃されている。作者
もその一人。冬の鷺の凛としたたたずまいは美しい。寒風の
中に佇つ鷺は気高さすらある。
貝噛めば砂の音する風邪心地   大杉 幸靖
貝の砂を噛み当てたときの、あの何ともいやな感覚が風
邪心地、という季語とぴったり呼応して面白い。まさに
「ジャリ」で、そのあと一瞬、どうしようかと戸惑う。
お揃いの赤手袋で駅伝部   鈴木 恵子
新春の箱根駅伝に代表される駅伝は、その伝統とともに
人気の競技だ。日本独特のものらしいが、日本では国民的
人気スポーツだ。大学駅伝は青山学院大学が国民的人気を
誇っていて、その分、監督さんの苦労は尋常ではないと聞
く。お揃いの赤い手袋を見て、ファンはすっかりシビレて
いる。赤は色の中でも屈指の強烈な色、しかも血の色とも
情熱の色ともいう。群馬県前橋市の県方面をスタートする。
知る顔のありて近づく冬日向   川嵜 昭典
「知る顔のありて近づく」とまで読んでなるほどと、合
点した一句だ。知人、なかでも親しい人をその中に発見す
ると不思議なほど人は安心するものだ。
人波の上を熊手が初えびす   鈴木 恭美
初戎は新年に入って最初の戎祭で、熊出に小判や銭袋、
米俵など縁起物を吊るした熊手を持ち帰る。大きな熊手を
買い込んだものの人波にもまれるため、頭上に持ち上げて、
参道を帰る、それがなんとも祝い事らしくて楽しい。「人波」
によって、いかに境内がにぎわっているかがわかるだけで
なく、参詣者の心のはずみが熊手の飾りのきらきら光る様
子などから感じられて楽しい。腕をいっぱい伸ばした姿が
一層、活気を見せて心をはずませる。
馬術部の馬の整列初詣   関口 一秋
大学の馬術部だろうか、揃って初詣に出かけるのだろう。
馬の整列する姿は人馬一体で、しかも、凛としており美し
い。ちなみに群馬県の県名の由来は、その昔、群馬には野
生馬がたくさんいたことから生まれたと聞いたことがある。

木漏れ日の小径  加島照子

青竹集・翠竹集作品鑑賞(一月号より)


障りなき母子の声やほしづく夜   服部くらら
「障りなき」で無事に出産を終えた安堵感が伝わります。
姿を見せずに声だけを置いた事で、読み手にそれぞれの記憶
を呼び起こします。季語の「ほしづく夜」で視覚が一気に、
音から空へ広がり、静かな夜と人との温もりが同時に立ち上
がり、優しさにほっとする気持ちになりました。
空海の錫冬蝶の小さき影   工藤 弘子
「空海の錫」で空海の歴史と信仰の深みを一気に表します。
そこへ本来弱く儚い存在の「冬の蝶」が現れ、厳しい修業や
長い年月を象徴する様です。傍に置かれる事で冬の低い日差
しや静かな境内や動かぬ時間が見えてきます。重い錫と軽い
冬蝶の対比が深い余韻を与えて心に残りました。
五箇山や猟師(またぎ)の唄ふといちんさ   鈴木 帰心
「五箇山や」で読み手は山深い世界へ誘われます。観光地
ではなく暮らしの場としての五箇山です。猟師の語りではな
く唄う事で、土地の方言や文化や歴史が凝縮され、本物の土
地の息遣いが聞こえてくる様です。土地への敬意と温かさが
読み手にきちんと伝わる一句になりました。
羽ばたきを大きく鶴は息合はす   大澤 萌衣
白い翼が大きく広がる瞬間が目の前に現れます。その動き
を強調した後に「息合はす」と来る事で、調和と間が主題で
ある事が分かります。二羽の鶴が羽ばたく前に一瞬呼吸を合
わせる、その一瞬の静けさが動きの大きさを一層際立たせて
います。映像がはっきりしてて伸びやかで、読み手まで呼吸
が整えられる様な句です。
今朝の冬両手に包む筒茶碗   新部とし子
暦の冬ではなく、今まさに感じる寒さの朝の空気が伝わり
ます。冷えた指先とそこに冬用の深さや湯気、掌にこもる熱
まで想像できます。何気ない風景ですが生活の場としての、
朝のぬくもりが筒茶碗を道具にして、静かに伝わってきます。
季節を演出する筒茶碗や平茶碗の使い分けは、日本独特の細
やかさが感じられ、読み手にも共感が得られます。
樽として暮らしてみたし新酒古酒   坂口 圭吾
人が樽になると言う擬人化が、酒の世界への親しみと、遊
び心が一気に広がります。「暮らしてみたし」との願望が、
冗談めきながら、どこか本気の憧れが感じられます。新酒か
ら古酒への人の一生、あるいは夫婦の時間も読めて余韻が広
がります。軽やかさの奥に時間へのまなざしを感じ、印象に
残りあとからじんわり心に響く一句です。
更待や貨車黒々と待避線   石川 裕子
闇に沈む貨車の重量感、鉄の冷たさ、そして動かぬまま待
つ気配が、「黒々と」と言う一語で強く伝わります。「待避
線」がただの線路でなく、動く前の静止を意味する言葉が、
「更待」の待つと響き合い、時間も貨車も止まっている様な
感覚を生んで、静と動のバランスが美しいと思いました。
身に沁むや「画人生涯筆一管」   堀田 和敬
川端龍子は大画面で豪放な屏風画を得意とした、日本画壇
では異色の存在でした。力強い画人生涯を筆一管と言う、そ
れだけで生き抜いた人生でした。身に沁むやの季語が寒さだ
けでなく、人生の覚悟まで含んで響いてきます。黙々と筆を
握り続けた年月が心に静かに心に沁みる筆太な句です。
三山の奈良の都の後の月   大石 望子
畝傍山・耳成山・香具山が、単なる風景ではなく歴史の中
心としての奈良を強く意識させます。「後の月」の季語が、
満月を過ぎ少し欠け始めた月が、華やぎの後の静けさの中に
残る余韻、それが奈良が都であった時代の「後」とも重なり
千年の時を照らす月の静けさが胸に残る一句になりました。
ルルドのマリア像投げ入れの白桔梗   長表 昌代
この句は語らずに像と花を置いただけで、読み手に自然と
祈りが生まれます。「投げ入れ」が巧みです。整えられた供
花でなく、思わず差し出した一輪の様な素朴な心が伝わりま
す。作為がないからこそ信仰の真実味があります。白桔梗の
白の清らかさが、沈黙をたたえた花としてマリア像によく
合って素敵な句になりました。
冬ぬくし夫亡き我に多き友   加藤千代美
冬ぬくしが気温のぬくもりだけでなく、心が守られている
感覚として響きます。夫を亡くした悲しみを言わない抑制
が、読み手に背景の年月や思いを自然に想像させます。多き
友が、優しく力強く、孤独ではない事を静かに示しています。
多くの読み手の心に届き励ます力を持った一句と思いました。

十七音の森を歩く   鈴木帰心


初夢にいつもとちがう母の顔   宇多喜代子
(『俳句』一月号「はじめ」より)
夢は、その時の心理状態が反映される。年が改まって、心
も新たになり、初夢で「そういえば、母はこんな表情を見せ
ることがあったな」と、亡きお母様のことを懐かしく思い出
されたのだ。心の襞には幾重もの母の面影が仕舞われている。
明日逢う約束の夜の葛根湯    池田 澄子
(『俳句』一月号「共に」より)
作者は少し風邪気味なのかも知れない。家で休んでいたい
という気持ちと、友人と逢いたいという気持ちがせめぎ合っ
ている。でも、それほど体調が悪い訳でもないし、なんとか
行けそうだ、と判断した作者。
「夜の葛根湯」が、作者を優しく労わっている。
母のやうなる初晴を賜はりし   今瀬 剛一
(『俳句』一月号「初晴」より)
母という存在は子どもには大きい。失敗しても、挫けても
温かく励ましてくれる。不安な気持ちを拭い去ってくれ、ま
た新たな一歩を踏み出させてくれる安心基地のような存在
だ。
「母のやうなる初晴」とは、なんと麗しい措辞だろうか。世
界中のすべての母への称賛と敬意を込めた句のように思う。
春着の子仁王の眼くぐりけり   西山  睦
(『俳句』一月号「山眠る」より)
「春着」と「仁王の眼」の対比が鮮やかな句だ。掲句を読
むと、自身が仁王になって、春着の幼子を上から見守ってい
るような気持ちになる。仁王は、邪悪なものの侵入を防ぐ守
護神として、眼光鋭く、この春着の子の身の安全を脅かす存
在を見張っている。
刻々と上書きのわれ初日影   正木ゆう子
鳥たちに身軽を倣ひ初御空
念頭所信自分に粗探をしない
(『俳句』一月号「身軽」より)
新年詠七句の内の三句。
人間の表皮はおよそ二十八日間で生まれ変わる。肉体に限
らず、人の心も日々新陳代謝を繰り返す。そんな変化を恐れ
ず、鳥たちから身軽さを学ぼう。自分に粗探をせずに、自分
を労わっていこう、と作者はご自身に言い聞かせている。
掲句二句目は、ジョン・デンバー(アメリカのシンガーソ
ングライター)の「スウィート・サレンダー」という曲の、
次の一節を思い出させる(註 原曲は英語)。
     優しく流れに身をまかせよう
     心配ごとなく生きて行こう
     水の中の魚のように
     空を飛ぶ鳥のように
初句会締切時間あって無し    星野 高士
(『俳句』一月号「初明り」より)
新年に集い合った嬉しさに、投句の締切時間が来ても句友
とのおしゃべりが続いている。それを主宰は、微笑みながら
眺めておられる。その大らかなお人柄のお陰をもって、句会
に集う皆様も伸びやかに句を詠まれていることが想像できる。
妻と子が挿絵の如し初景色    岸本 尚毅
(『俳句』一月号「挿絵」より)
日頃見慣れた景色も、正月を迎えた心で眺めると、特に美
しく見える ― それが「初景色」である。
掲句は、文字通り、「一幅の絵のような句」である。「挿絵
の如し」と言い切ったことで、作者のご家族への慈しみの心
がストレートに、爽やかに伝わってくる。
油脂つよき愛蘭土の毛糸玉   坂本 宮尾
(『俳句』一月号「福の七色」より)
掲句を読み、司馬遼太郎著『街道をゆく ― 愛蘭土紀行』
で紹介されているアラン諸島を思い出した。
アラン諸島は大西洋に囲まれ、日常的に強風が吹き荒れて
おり、岩盤から出来た土地と低い気温は農業に適さない。島
民は、岩盤を砕き、それを海藻と混ぜ合わせて畑の土にして、
ジャガイモを育てる。人々の生業は漁業が中心で、漁師たち
を冷たい風から身を守るために、千年も前から島の女性たち
がセーターを編み始めたと言われている。羊の毛を使用した
アランセーター(別名フィッシャーマンズセーター)は、含
まれる油脂分が海水から身を守り、太い毛糸で編まれるため、
分厚く、風を通さず、保温機能にも優れている。
筆者は、アラン諸島の一つ、イニシュモア島に訪れたこと
がある。島の至るところにトレリスと呼ばれる石垣で仕切ら
れた畑があった。この石垣で畑を取り囲み、土が強風で飛ば
ないようにしていた。土産物屋で、アランセーターを買った。
縄編み模様のずっしりと重みのあるセーターで、コートを着
なくても、これ一枚でかなりの寒さを凌ぐことができた。
掲句の「油脂つよき」の措辞から、アラン諸島に暮らす人々
の生きることへの「レジリエンス」(精神的回復力)、司馬の
言う「アイルランド気質」、がひしひしと感じられる。