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井垣清明の書59臨永元四年魏蘭刑徒甎平成23年(二〇一一年)七月 釈 文永元四年(92年)五月十六日、無任の南陽(河南省南陽郡) |
流 水 抄 加古宗也
沓脱に置かれてをりし大西瓜
リズムもて織るのが大事梅雨の機
七夕笹かつぎ少年戻りきし
どちらかと云へば退屈水中花
ぴかぴかにマイカー磨き梅雨晴間
笑ひ羅漢べそかく羅漢走り梅雨
東吉野村三句
揚羽舞ひ出て夢の淵わ た青みきし
天好園
句碑の辺に狸現はれ山坊子
丹生川上神社
老鴬や真名井を汲める桧桶
藤本安騎生氏回想六句
羽抜鶏哀れ駈け出しながら鳴く
羽抜鶏さてレグホンかコーチンか
羽抜鶏なれど真白き卵産む
羽抜鶏駈け出しながら我を見る
羽抜鶏哀れ小犬に追はれをり
羽毟られし如きが哀れ羽抜鶏
苔の花咲かせて吉野離宮跡
梅雨冷えやカレーうどんに餅を足す
梅雨明ける気配を見せず風呂を焚く
五月雨や女は熱き茶をいるる
光 風 抄 田口風子
鵜飼提灯吊る片陰の細格子
細格子涼しきほどに拭き込まれ
羽拡ぐ競ひこの鵜はけふ鵜飼
細々と昨夜の鵜飼の物干さる
鳥屋の隅兄鵜弟鵜のやうな鵜も
水底に透けて涼しき石の数
水団扇煽げば水のやうな風
三方の山どこからも夏鶯
風涼しガラスに映りつつ歩く
水無月の雨にひらきぬ鯉の口
真珠抄九月号より 珠玉三十句
加古宗也 推薦
善き顔に老いたしとふと合歓の花 堀田 朋子
実梅捥ぐ巫女装束に身を固め 髙𣘺 まり子
膨れゆく利根の川音夕立晴 今村 正岑
夕凪や鍋ごと届く潮汁 高濱 聡光
障子うつ灯虫ひとつにこの騒ぎ 工藤 弘子
春蟬や松枯れ止まぬ保安林 堀口 忠男
更衣白寿の人と句座まうけ 髙橋 冬竹
夏草にじつと耐へたる隠れんぼ 新部とし子
青ぶだう畑の彼方に司祭館 鈴木 帰心
アルプスの水のきらめく水芭蕉 水野 幸子
雷おびただし泡盛に舌痺れ 大澤 萌衣
瀞峡を滑る小舟や時鳥 山田 和男
涼しさを求め水都の美術館 鶴田 和美
散居の灯植田に映り鎮もれる 平田 眞子
「三線教えます」庭隅に青バナナ 安井千佳子
夏や信楽拳で土の息吐かす 堀場 幸子
大げんかした父と逢ふ螢の夜 中井 光瞬
百合化して蝶にウエスト絞りすぎ 内藤 郁子
さくらんぼ自分で自分ほめて食ぶ 服部 喜子
不穏なるクーラーの音自習室 石川 裕子
幾重にも風重なりて青嵐 浅野 寛
父の名の残る表札明易し 斉藤 浩美
炎天に聳へ祖廟の太鼓楼 安藤 明女
立話大夕焼の消ゆるまで 石川 桂子
遠雷や片耳だけのイヤリング 磯貝 恵子
初めての夫の襁褓に泣きし朱夏 重留 香苗
人道という名の橋を蟻の列 天野れい子
ガン治療の友上京す暑さかな 荒川 洋子
涼しさや水の匂ひの司祭墓 池田あや美
村営の湯屋の近くに大螢 浜嶋 君江
選後余滴 加古宗也
小さき蝌蚪小さきままに足を持つ 鶴田 和美
「小さき蝌蚪」とは小さなおたまじゃくしのこと。「おた
まじゃくしは蛙の子」というように、脚と入れかわるよう
に尻尾が切れる。そのことは殿様ガエルであろうと雨ガエ
ルであろうと同じだ。哺乳類の場合、例えば鹿は大人にな
ると証しのように角が生えてくる。おたまじゃくしの場合、
体の大きさによって区別があるわけではない。小さいもの
でも足が生えてくる。何となく理不尽と思われるところを、
「小さきままに」といい納得しているやさしさ。俳句の面
白さは意外にこんなところにある。「発見」といえば「発見」
だが、常識を一歩突き抜けることの面白さといってもいい。
涼しさを求め水都の美術館 和美
琵琶湖にある佐川美術館だろうか。
更衣白寿の人と句座まうけ 高橋 冬竹
「白寿」は九十九歳のこと。「百」から「一」を取ると
九十九だから、九十九歳のこと、あるいはその祝いのとき
に使う。そのほか、九十歳を「卒寿」、八十八歳を「米寿」、
八十歳を「傘寿」というなど、長寿の呼名にはじつにいろ
いろな言い方がある。富安風生は九十歳のとき、「卒寿」と
いうのを嫌って鳩寿(くじゅ)と勝手に言ったが、「卒寿」
は人生が終わってしまうようで嫌だった、と言っていたと
も聞く。その点「白寿」は美しい言葉だ。若竹名誉主宰・
富田潮児は数日で百二歳という長寿だったが、「傘寿」「米寿」
「卒寿」、さてさて九十九歳のとき、何というのが一番いいか、
私の高校の先輩で早大名誉教授だった雲英末雄氏に相談し
たところ、奥様が「白寿」といういい答えを下さった。
ところで、掲出句。「白寿」即ち九十九歳。この年にな
ると人生をまさに達観しており、句座もまた、さばさばと
進行する。
大げんかした父と逢ふ蛍の夜 中井 光瞬
「父と逢ふ」は「逢ったような気がした」ということだ
ろう。懐かしさであり、強烈な父恋の一句だ。
父とのけんかは、男にとって、父を乗り越えるための、
いってみれば儀式のようなもの。私は父親に怒られること
はあったが、本気でけんかしたことはなかった。人生の
ちょっとした悔いの一つだ。
障子うつ灯虫ひとつにこの騒ぎ 工藤 弘子
都会に住む人にとっては「大取虫(灯虫)」はもう懐か
しいものになりつつある。この句の眼目は「この騒ぎ」で、
この言葉の中によき家族、よき肉親のありようが見事に集
約されている。そして、今となっては、懐かしい人生の一
齣といっていいだろう。こういった場面、こういった風景
をいま私たちの暮しの中に見つけるのが難しくなってい
る。これはどういうことなのだろうか。
涼しさや水の匂ひの司祭墓 池田あや美
過日、土筆野句会の吟行会で多治見へ出かけた。一つは
多治見修道院、もう一つは、多治見オリベストリート、さ
らにもう一つは幸兵衛窯だ。修道院は日本を代表するカト
リックのそれで、修道院には葡萄畑が広々と広がっている。
そして、その奥に、全国の教会で亡くなられた司祭の墓が
集められている。墓地にはいくつもの寝墓が並び、正面、
奥には大きな十字架が立っている。墓域全体が美しい芝が
敷かれ、その線が美しかった。
よき顔に老いたしとふと合歓の花 堀田 朋子
「鬼婆」という言葉があるのに対して、「鬼爺」という言
葉はない。それは、一般論であるが、女性の方が男性より
業(ごう)が深いと思われているからに違いない。そうい
えば「好々爺」という言葉があるが、それに当たる女性の
言葉を私は知らない。さてさて、作者は「よき顔に老いたし」
という。一般論として「美しく老いたし」という言葉があ
るが、人間には業(ごう)がつきもので、なかなか、思う
ようにはいかない。子や孫に愛される老人とはどうあるべ
きか。考えてみるとなかなかに面白い。この句、下の句は「合
歓の花」。合歓といえば「西施が合歓の花」があり、最も
美しい女性を花にたとえれば、合歓という古事の連想をさ
らりと使っている。
「三線教えます」庭隅に青バナナ 安井千佳子
「三線」は「サンシン」と読む。即ち沖縄の楽器だ。作
者は沖縄にも生活の舞台があるようだ。度々、沖縄の句が
出てくるのはそのためで、沖縄の複雑な事情もまっすぐに
いつも読み切って心地よい。掲句、「青バナナ」が面白く
効いている。
木漏れ日の小径 加島照子
青竹集・翠竹集作品鑑賞(七月号より)
衣かへして毛雨にまたやもう一枚 辻村 勅代
雨の名前は季節や地域によって異なり、その多様性が日本
語の豊かな表現を反映しています。雨が多い日本ならではの
楽しみ方でもあります。毛雨とは文字通りの細かい雨で、衣
更えしてやれやれと思ったら、又肌寒さを感じる事は誰でも
よくあります。優しい雨の表現に惹かれた一句です。
瀬音行き瀬の音帰るえごの花 服部くらら
瀬音とは浅瀬を流れる川の音で、「せせらぎ」と言われま
す。その音の行き来を季語に選んだ「えごの花」は、下向き
に鈴なりに垂れた清楚な白い小花をつけます。その群れ咲く
小花の風情たっぷりの取り合せが、豊かな風景を思い浮かべ
る事ができました。清々しい作者の心情まで想像してしまう
素敵な詠みだと思いました。
扁額は宸筆といふ風薫る 市川 栄司
宸筆とは天皇が自ら書いた書や文書の事です。その多くは
国宝に指定されており、非常に権威の高いものです。京都の
霊山歴史館に孝明天皇の御宸書があるそうなので、京都へ出
掛けた折に見てみたいです。風薫るの季語が格調高いです。
亀鳴いてをり縄文の丸木舟 天野れい子
一本の木をくり抜いて作る「くり舟」は現代のカヌーの様
な形で、壊れにくく沈みにくい特徴を持っています。縄文時
代は想像以上に他の地域との交流が盛んでした。日本最古の
丸木舟は何と五五〇〇年も前の物が発見されており、まさに
「亀鳴く」と詠む作者の気持ちが伝わります。
幾筋も背をなぞりゆく汗の玉 飯島 慶子
今年も短い梅雨が明けてから、連日の猛暑に悩まされてい
ます。汗が背中を伝わっていく様子は誰でも経験しています。
「背をなぞりゆく」の表現が暑苦しい夏を言い得ています。
吹き渡る風に茶覆ひ波立ちぬ 重留 香苗
茶覆いは茶葉を日光から遮って栽培する方法です。新芽の
栽培中に覆いをかける事で、旨みをたっぷり蓄えたお茶を作
る事が出来ます。独特の香りや葉の緑色が鮮やかになり、玉
露・抹茶等のおいしいお茶が仕上ります。西尾市の広大な茶
畑には黒寒冷紗がかけられており、風に波立っている豊かな
景が巧みに詠み込まれています。
香具山が笑へば畝傍山(うねび)耳成山(みみなし)も 奥村頼子
奈良県橿原市に位置する大和三山は香具山・畝傍山・耳成
山で、かつての藤原宮跡を囲んでいます。万葉集や古今和歌
集に多くの和歌が詠まれています。全体に緩やかな傾斜で登
山道が整備されている為、今も多くの人々が訪れています。
神秘的な魅力のあるこの地は何度も足を運びたいものです。
初夏やチュンと応ふる鳥を飼ふ 荒川 洋子
人間に懐く愛おしいペットと暮らすのは、本当に楽しいし
笑顔になれ、癒やされる時間も増して行きます。幸せホルモ
ンも多く分泌される様です。話しかけると応えてくれるのが
嬉しくて夢中になってしまいます。ただひとつ命を預る責任
は忘れない様にしたいものです。
日をあびる朝の葉桜目覚めゆく 和田 郁江
桜の花が春を象徴するものなら、葉桜は夏の始まりでみず
みずしい緑の葉は、段々と日差しの強さを増す太陽の光を、
反射してきらきらと鋭い輝きを見せ、春にはない光の表情を
引き出します。花が散った後の青々と輝く葉には生命の力強
さが感じられるのです。特に朝の日差しをあびた葉桜には、
魅力たっぷりで作者に多いに共感しました。
耕人の少し離れて鴉二羽 鈴木まり子
鴉は知能が高くて、道具を使ったり新しい状況に素早く適
応して問題を解決したりと、人間の六〜八歳位と言われてい
ます。群れを作って生活し役割も分かれているので、コミュ
ニケーションと学習能力も優れているのです。特に視力が良
いので句に詠まれている状況はよく見かけます。「害鳥」と
してではなく複雑行動を理解して、共存の方法を考えていく
事が必要だと思いました。
夏燕一直線に入る車庫 岩田かつら
燕は「幸せを運ぶ鳥」と言われ、巣を作る家は住みやすい
環境にあり、人の出入りの多い場所が多いので、商売繁盛や
害虫を駆除する為豊作をもたらすとも言われています。私の
実家の車庫にも毎年巣が作られていて、雛が巣立つ迄扉が閉
められずに、困った半面、毎日成長を見る事が出来て嬉しく
て幸せな気持ちになった事を思い出しました。そして燕は羽
ばたきをしない滑走飛行なので一直線に飛ぶのですね。
十七音の森を歩く 鈴木帰心
風船の張りつめてゆく軽さかな 安藤 恭子
(『俳壇年鑑 二〇二五年版』より)
掲句の「張りつめてゆく軽さ」の措辞が秀逸。
体積、容積が増えるにつれて、重くなっていくものと、逆
に軽くなっていくものがある。荷物や絶望は前者。風船や希
望は後者。気球や夢も後者。
掲句を読んで、幼い頃に歌った歌を思い出した。
ときにはなぜか 大空に
旅してみたく なるものさ
気球にのって どこまでもいこう
風にのって 野原をこえて
雲をとびこえ どこまでもいこう
そこに なにかが まっているから
(『気球に乗ってどこまでも』作詞 東龍男より)
何歳になっても、「心の風船」に希望や夢を埋め込んで、
軽やかに生きていきたいものだ。
転調をくりかへすよに蝶の昼 清水 美千
(『俳壇年鑑 二〇二五年版』より)
「転調」とは、音楽用語で、「楽曲の途中で部分的に調性
(キー)を変える技法」のことである。転調は、楽曲に新鮮
な展開をもたらす。蝶の予測不能な飛び方を、「転調をくり
かへすよに」とは、言い得て妙。「蝶の昼」の措辞に、春昼
のけだるさも感じられる。
鳥ぐもり印字のうすき乗船券 矢野みはる
(『俳壇年鑑 二〇二五年版』より)
昨今の乗船券は、事前に印刷、もしくは乗船口にてスマー
トフォン等で二次元バーコードを画面表示することで乗船で
きるものもあるようだ。しかし掲句の乗船券は、昔ながらの
印字機で印字された硬券なのだろう。
季語「鳥ぐもり」から、鄙びた港町の渡船の景が思い浮か
ぶ。
濃きみどり薄きみどりを励まして うにがわえりも
(『俳壇年鑑 二〇二五年版』より)
確かに、掲句のように、木々がお互いを励まし合っている
ように思えることがある。
筆者の隣家の庭には、一対の花水木がある。家の新築を記
念してご夫妻で植えたのだそうだ。毎年四月になると紅白の
「花」(正確には、総苞片(そうほうへん))が、通行する人
たちの眼を楽しませている。
しかし、十年ほど前、その家のご主人が亡くなった。そし
て、偶然にも、その数年後、紅花の花水木は、花をあまり付
けなくなった。一方、白花の方は、艶やかな葉をつけ、美し
い花を咲かせ続けている。それは、亡くなったご主人が奥様
を励ましているかのようにも思える。
嬉しいことに、今年は、紅花の花水木が少し元気を取り戻
した。
蛇いちご母をまっすぐ見られぬ日 なつはづき
(『俳壇年鑑 二〇二五年版』より)
蛇苺は、別名ドクイチゴとも呼ばれ、毒があるという俗説
があるが、実際は無毒である。しかし筆者は幼い頃、親に
「ヘビイチゴには毒があるから、絶対に触ってはいけない」
と言われた。毒のあるものが、至る所で実をつけているのを
目にするのは、幼心に脅威だった。大げさに言えば、蛇苺に
触れることは、悪に手を染めることに近い感覚だった。
親の言いつけを素直に守る頃でも、親には言えない悪戯を
することはあった。そんな日は、まさに、「母をまっすぐ見
られぬ日」だった。「蛇いちご」は、親に対するそんな後ろ
めたさを代弁している。
香水の去りゆく家庭裁判所 長澤 寛一
(『俳壇年鑑 二〇二五年版』より)
ドラマの一コマのような句。いったいどのような裁判が行
われたのだろうか― 家庭内の人事訴訟だろうか。少年の保
護事件の審判だろうか。
「香水」をつけたこの人の行く末に思いを巡らせてしまう。
まず洗う気の強そうなトマトから 谷 さやん
(『俳壇年鑑 二〇二五年版』より)
この句を読んで、小学校低学年の頃のドッジボールの思い
出がよみがえってきた。運動が苦手で柔弱だった筆者にボー
ルをぶつけてくる級友は誰もおらず、筆者はただ逃げ回って
いるだけだった。一番の標的になったのは、運動神経抜群の
ガキ大将だ。
トマトにも「面の皮の厚い」ものと軟弱なものとがある。
まずは、多少乱暴に扱っても大丈夫なトマトから洗い始めた
作者。
人間と同様に、野菜にも「手加減」をするところに、この
句の俳味がある。
咲き過ぎを厭はれてゐる返り花 杉坂 大和
(『俳壇年鑑 二〇二五年版』より)
俳人が、「返り花」を愛でるのは、初冬の小春日和に思い
がけなく二、三輪咲いた、けなげな花に、やがて来る厳しい
冬を思いやるからである。しかし、掲句の「返り花」の咲き
方はその本意から外れてしまい、作者は、いささか興ざめて
いる。
「咲き過ぎ」は、気候変動も関係しているのだろう。「歳時
記」にも地球温暖化の影響が忍び寄っている。。
