月別アーカイブ: 2019年1月

第32回若竹俳句賞

《正 賞》

大 澤 萌 衣  「ひかり」

《準 賞》

中 井 光 瞬  「関門海峡いわし雲」

《新人賞》

鶴 田 和 美  「河  馬」

《佳 作》

水 野 幸 子  「燕来る」
重 留 香 苗  「初夏のニューヨーク」
島 崎 多津恵  「泉」

《努力賞》

岡 田 つばな  「サングラス」
酒 井 英 子  「軽井沢」
渡 辺 悦 子  「フレコンバック」
米 津 季恵野  「露の玉」


《 正 賞 》ひ か り     大 澤 萌 衣(もえぎ)

春立つや童話の原書指で読む
調香のシャーレに落とす春の月
五線譜へのせよ天使と春の虹
かぎろひて泡にもなれぬ人魚像
朧夜を青く群舞の浮み上ぐ
鐘霞みをり宮殿に鏡の間
初蝶もつれあふ鏡の回廊
寒月光ちりちりとシャンパンに泡
寒月や叩いてのばす金の箔
冬銀河王家の谷は地下に伸ぶ
シリウスやナイルの西を王の墓
いつよりの黄金のマスク冷たし
断食月(ラマダン)や足音もたぬ黒揚羽
水仙の夜は小さきいのち抱く
図鑑閉づギリシャ神話の星朧

《 準 賞 》関門海峡いわし雲     中 井 光 瞬

関門の風は異国のつちぐもり
春ごたつ潮に逆らふ船の音
彼岸潮平家滅びし時も引き
パン売りの音楽隊に百千鳥
卯波立つ門司はバナナのたたき売り
烏賊の胴さけば風来る壇ノ浦
水豆腐維新とありし箸袋
海に向く東司の窓にいわし雲
砲筒を馬関に向けたまま雨月
長州の名残りに秋の蚊を打つて
月の海赤子泣きやむほどの揺れ
海峡に五郎助鳴けば眠る猫
時雨虹渡船は水尾を光らせて
出稼ぎは海あるところ霧笛鳴る
浮寝鳥ここが最後の捕鯨基地

《 新人賞 》河   馬     鶴 田 和 美

河馬好きと自己紹介の四月かな
春めくやザンブザンブと泳ぐ河馬
春疾風河馬はゆつくり口開く
風薫る動かぬ河馬へ子らの野次
秋高し肩車して河馬を待つ
耳だけの河馬に挨拶冬ぬくし
冬の暮雄叫び聞こゆ動物園
ケニア3句
アフリカの河馬に会はむと夏休み
夏の朝河馬サバンナを走りをり
マラ川の河馬親の背で水遊び
河馬作品コレクション3句
弘法忌東寺露店に河馬探す
春の夜青き陶器の河馬とをり
風光る河馬一筋の彫刻家
ムーミンと呼ばれし日あり山笑ふ
横たはる河馬の広き背小鳥来る

《佳 作》燕  来  る     水 野 幸 子

北国のひかりとなりて燕来る
空よりも水きらきらとリラの花
ポプラより風のうまるる立夏かな
五月くる牧舎に海の匂ひして
アカシアの花のこぼるる橋渡る
夕虹やクラーク像の遥かより
火の山の遠くなりゆく晩夏かな
はまなすや海辺の町の啄木碑
白樺の風より白き秋の蝶
ポトロ湖の野菊をははに摘みにけり
小鳥来る音楽堂の小道かな
火の色をそのまま夜のななかまど
秋燕の空あをあをと開拓碑
水澄みて運河に星をふやしけり
鳥渡る地球岬のくるるまで

《佳 作》初夏のニューヨーク     重 留 香 苗

正装も一着入るる夏の旅
回転ドア出で初夏のニューヨーク
摩天楼仰ぐ闊歩の白き靴
朱夏のアメリカ大皿のスペアリブ
カーネギーホールに座すや聖五月
ゴスペルを唄ふ女のうすごろも
夏の夜の夫のテノール衰へず
街薄暑イエローキャブに手を上ぐる
メトロポリタン美術館で二句
シンボルは青き河馬とや新樹光
フェルメールの少女ほほえむ罌粟の花
9.11メモリアル&ミュージアムにて三句
薔薇一輪グランドゼロの碑に
三千のたましひ眠る噴井かな
その中に残る一樹の若葉映ゆ
ビール酌む自由の女神眺めつつ
朝ぐもり財布に残るドル紙幣

《佳 作》泉     島 崎 多津恵

泉汲む双手に木洩れ日の斑
太陽をちりぢりにして汲む泉
泉噴く水輪の影は光なり
湧泉の深く澄みたる底に宙
金と銀の鞍止めてある泉かな
泉には小人七人住むと言ふ
手に触るる水柔らかき泉かな
身ほとりに青空集め泉湧く
生みたての卵のやうに掌に泉
鳥獣のみな集まつてくる泉
老の手を沈め泉のこゑを聴く
泉より奥は道絶え山の声
森の中泉は夜もかくあらむ
一すぢの日矢たちのぼる泉かな
人去りて泉の音色戻りけり

《努力賞》サングラス     岡 田 つばな

サングラス持つ手振られて迎へらる
サングラス掛けても目立つ片えくぼ
マニキュアもペディキュアもしてサングラス
海が好きことに真夏の海が好き
石蹴つている児が一人夏の海
サングラス持つ手で指せる島の数
渡船場の膝に畳みしサングラス
島へ着きすぐに取り出すサングラス
崇運寺へ灼けし石段数へつつ
サングラスはづす板碑の六地蔵
八千草に屈めば島の香のそこに
夏草や両手でなでる島の山羊
ハンモック一つは地面すれすれに
サングラスはづして道を訪ねけり
夏の風追ふ自転車を漕ぎ出せり

《努力賞》軽  井  沢     酒 井 英 子

樫鳥の樫の実を食み辰夫遺居
鰹縞織る新涼の筬の音
石の教会水音と秋の声
  軽井沢高原教会
一つづつ屈みて灯す秋思かな
樹にはランタン地にはキャンドル秋の声
宵闇や灯をもて佇てる修道女
夜のとばり包む別荘虫の声
秋の滝水手から手に注ぐ車椅子
垣のなき別荘群や涼新た
  万平ホテル
ジョンレノン弾きしピアノや秋思ふと
秋声や三笠ホテルの調度品
窓枠は幾何学模様初紅葉
  軽井沢タリアセン
栗鼠飛んで遊べるペイネ美術館
ボートみな戻り山湖の秋昏るる
噴煙を離さず秋の大浅間

《努力賞》フレコンバック     渡 辺 悦 子

セシウムを背負ひし町の誘蛾灯
止まりたる生活のままに草茂る
遮断フェンス越えてたわわな青胡桃
金葎停止禁止の一本道
青葉闇廃墟となりし郊外店
草いきれ数値の違ふ線量計
置き去りのフレコンバック油照
遠望の第一原発風死せり
山百合や静寂の深し帰還地区
八月の浜辺声消す大堤防
ふくしまの地に輝ける夕焼空
白水にいわき訛の白日傘
堂涼し徳尼好みの阿弥陀仏
気怠げな案内の僧の藍甚平
凛然と紅仄めくや古代蓮