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第39回若竹俳句賞

《 正 賞 》該当者なし

《 準 賞 》多治見修道院と幸兵衛窯 乙部妙子

梅雨空や十字架高き大聖堂
青葡萄たわわ煉瓦の司祭館
洞窟に祈りのマリア梅雨暗し
五月雨や受難イエスのフレスコ画
釘打たるイエスの手足梅雨深し
十字架のイエスに淡き紫陽花を
祈り涼し天井の絵の愛の鳩
寡黙なる奉仕の女の夏帽子
ねぢり花神父の墓に灯をともす
梅雨の墓クルスは浅く彫られあり
梅雨灯すペルシャ古陶の資料館
よみがへるラスター彩の金涼し
卯の花腐しサハラの砂は梅雨知らず
涼しさや青き陶器のアヌビス神
煤汚れして梅雨時の休め窯
※サハラの砂=七代目幸兵衛氏がエジプトから持ち帰った。
※アヌビス神=犬の頭を持つ神

《 佳 作 》鰤 起 し  安井千佳子

ただならぬ沖の暗雲雪くるか
縹渺とくろがねいろの寒の海
寒雷の突き刺さりたる東尋坊
荒北風に波の逆巻く東尋坊
日本海の闇を引き裂く鰤起し
海鳴りか坂東曲(ば んどうぶし)か寒の海
吹越に木目あらはな仁王像
石仏の前に後ろに雪蛍
竹の櫛挿し越前の雪女郎
木枯のゆきどころ無き船溜
とろ箱に三国湊や鰤起し
木箱より剥がし売らるるずわい蟹
寒雷の不意打ちに遭ふ鰤御殿
朔風や番屋に二重鍵しかと
番屋跡見てコリコリの鰤刺を

《 佳 作 》二 輪 草  池田真佐子

大夏木ここより拓く上高地
ヤッケは赤心躍りの登山口
ひと雨に六月の森息づきぬ
万緑やくるぶし弾ませて歩く
青羊歯の生き生きとして道奪ふ
山気吸ひ小雀(こがら)のこゑに敏くなる
二輪草ささやく時は相触れて
滴りし山に棲むもの生くるもの
緑さす考へてゐる猿の背
繁りより小熊転がる見失ふ
青しぐれ獣の糞のうづたかし
涼風のかよふところで額拭ふ
ゴミ袋手にテント泊了へし人
夏山を観て夏山に見送らる
いちにちの疲れ刮ぐや登山靴

《 佳 作 》糸 取 女  堀場幸子

糸取り工房訪ふや梅雨入の賤ヶ岳
座繰り機に今年も村の糸取女
山清水汲みて始まる糸仕事
ナイロン風呂敷腹にぐるりと糸取女
ひとたび機に座せば達磨と糸取女
繭ほぐす熱湯散らし腹濡らし
指先で一気に手繰る繭の糸
解けよき繭は良い子と糸取女
糸引けて忘るる痛み背も腰も
糸取りつ話す子のこと夫のこと
清水もてふやけし指を冷ましつつ
女しかできぬ辛抱糸を取る
糸取りに時をり涼し山の風
梅雨晴間巻かれて光る琴の糸
機仕舞ふからりと余呉の梅雨明けて

《 努力賞 》初 が つ を  天野れい子

石州の赤き屋根美し鳥雲に
銀山の町や子猫のさくら耳
木瓜まつ赤八雲旧居の西の庭
城下をぐるりと春のこたつ舟
出格子や松かさ売られ遍路道
蚊遣りして和らふそく屋の七代目
甚平や指が覚えて蝋塗ると
蜜豆食ぶカフェに漆の太柱
はちきんが声飛ばし競る初がつを
炎昼の軒先に売る土佐刃物
隈研吾の図書館木組み涼しかり
ここ龍馬脱藩の道滴れる
仁淀ブルーの碧の深さよ夏の雲
老鶯を遠くに聴いて沈下橋
新涼の鯛めしにのる黄身ひとつ
※さくら耳=不妊手術をした証の保護猫の耳
※はちきん=土佐弁で男勝りの意
※隈研吾の図書館=高知県梼原町のゆすはら雲の上図書館

《 努力賞 》八 女 を 訪 ふ  髙𣘺まり子

桜まじ土蔵造の八女町家
槌音のもれて日永の旧往還
仏具屋の彫師弥生の刃物胼胝
白壁に錻力(ぶりき)看板のどかなる
旧木下家五句
花菫しかと噛み合ふ夫婦句碑
はしり書きの秀野絶筆花の雨
紅椿活け黒柿の床柱
春障子長押に鶴の釘隠
春昼の耳を欹(そばだ)て水琴窟
岩戸山古墳三句
芽吹くもの抱へ前方後円墳
控へゐる石人石馬花の下
落椿磐井の無念偲びをり
八女中央大茶園三句
風立ちて茶覆の畝波立ちぬ
茶摘女は何処大型の摘採機(てきさいき)
家苞に求む小店の一番茶
※夫婦句碑=山本健吉・石橋秀野夫妻。
※秀野絶筆花=「蟬時雨子は擔送車(たんそうしゃ)に追ひつけず」
※ 磐井=古代の豪族「筑紫君磐井(つくしのきみいわい)」岩戸山古墳の主とみられている。

《 努力賞 》猫 と  堀田朋子

この猫を最後の猫と梅月夜
春愁や猫のあまがみ許しゐて
尾を持てばもっと素直に若楓
走り梅雨病の猫の目の甘し
猫のゐる景に吾も入る夕端居
猫すべて知って話さぬ古うちは
稲光猫に窓外てふ世界
二百十日ながながと水舐める猫
山茶花の垣根や猫のくぐり穴
抱き上ぐる猫抗ひて開戦日
猫好きの祖父の胸裡の返り花
猫も吾もきらきらが好きクリスマス
お元日常と変はらぬ猫の世話
日脚伸ぶ猫に教はる愛し方
恋去りてわたしの猫に戻りけり

 

句集紹介

田口風子句集 第三句集

 『 雀   色   時 』

帯文  加 古 宗 也
栞   中 村 雅 樹
                櫂   未知子

風子さんの俳句は自由である。
そして、温かいのがうれしい。
(加古宗也帯文より)

自選十五句
竜天に登る途中の摩崖仏
初蝉の草の中より鳴き始む
逃げ水を追ひ義仲寺を通り過ぐ
生身魂二人印伝袋提げ
秋風鈴鳴る髑髏町一番地
黒南風や幽霊飴屋にも日曜
指輪二つ並べしままや星祭
大道芸火を吹くエイプリルフール
麦熱るるまで兄とゐし四姉妹
紐引けば涼しく木偶の笑ひけり
初泣きの子や人形の靴失くししと
下駄箱に来て口遊む卒業歌
たつたこれだけの雪の雪だるま
姉川も妹川も曼珠沙華
七五三抱かれて父の手に木覆(ぼくり)

   ふらんす堂

第38回若竹俳句賞

《 正 賞 》萩の声   鈴 木 帰 心

五箇山の畑の目覚めや秋時雨
カンナ咲く用心池に金盥
庄川を間近に聞くや落胡桃
離村せし家解体の音冷ゆる
鷹渡る嘴の先輝かせ
小学校跡にシーソーゑのこ草
菊日和五箇山和紙のちぎり絵展
清秋や地主神社の格天井
曼珠沙華手踊りのごと蕊広ぐ
釣瓶落としや雪洞の灯る村
民謡を一家で愛し荻の声
麦屋節笠を捌けば律の風
三味線を一調子上げ唄さやか
民謡は声より熟(こな)し花薄
里ことばを掛け合ひ秋の祭果つ
※用心池=火災・融雪等、非常時対応の溜池。合掌造りの各戸に設置。

《 準 賞 》深吉野吟行   乙 部 妙 子

涼しさや鳶を眼下に石鼎庵
花合歓の谷をはさみて吉野杉
山滴る水分(みくまり)神社の赤鳥居
水分の茅の輪右足よりくぐる
井戸蓋にも梅雨の湿りや丹生真名井
飛沫上ぐ滝壺に投ぐ願ひ玉
河鹿笛まだ暮れ切らぬ川面より
河鹿鳴く古き良き宿天好園
深吉野の川より湧きし蛍かな
つかの間を吾が掌にとどめ蛍の火
再建を涼しく聞くや光蔵寺
梅雨晴れの棟上げ済みし無垢柱
和尚の手大きく優し日に焼けて
寝かせある師の碑に日傘かざしけり
再訪はヒマラヤユキノシタ咲く頃に

《 佳 作 》明滅   石 川 裕 子

ばら園を突つ切れといふ案内図
紫陽花やここが参道だつたのか
旧校舎ありし辺りの茂りかな
峰雲や赤で書きたる偉人の名
好きな草嫌ひな草もみな引ける
月涼し水上バスの窓開く
キャラメルの紙落ちてゐる宵祭
餌を咥へをり尾の切れし小守宮も
到来の瓜の黄のいろ金盥
黄桃や仏蘭西土産てふルージュ
若者ら略装多し秋の婚
草の種つきたる先生のズボン
祖母訪ひて鈴虫なぞを貰ひけり
身に入むや母の手蹟の試し書き
地下道の灯明滅して夜寒

《 佳 作 》地下鉄   池 田 真佐子

地下鉄は一本の喉冬に入る
階を下る足音堅し朝寒し
路線図に動脈静脈冬あたたか
自動改札抜ける速さよ十二月
短日の日がな廻るや環状線
無機質な窓にマスクの顔映る
手袋を咥へ両手でスマホ繰る
イヤホンは人寄せ付けず冬ざるる
ゼッケンに羽織るコートやラン帰り
冬帽の優先席に入れ替はる
着ぶくれて尻の重たき膝送り
耳飾りゆらゆら睡り暖房車
乗り込みてヘルプマークに雪しづく
四温の日白杖の人よく笑ふ
終点は車輛吸ひ込み年の果
※環状線=名古屋は名城線。
※ヘルプマーク=援助が必要な方の為のマーク

《 努力賞 》大鹿村歌舞伎   堀 場 幸 子

山吹の咲くころ味噌を仕込む里
脈々と息づく歌舞伎梅大樹
作業着のままの稽古や春ともし
農家の熊谷大工の敦盛山笑ふ
境内に敷き詰む茣蓙や春歌舞伎
村の衆茣蓙にろくべん春愉し
花桃や蕎麦屋の婆は着付け役
口上は新任村長風ひかる
綺羅纏ふ熊谷敦盛春まぶし
蝶ひらひら黒子の爺の見え隠れ
春光や目をかつぽじり見得きる子
どつとおひねりどつと掛け声飛花落花
長台詞も体の一部松の芯
花楓降るや太夫の弾き語り
伊那谷に響く手締めや春惜しむ
※ろくべん=大鹿村に江戸時代から伝わる行楽弁当

《 努力賞 》青森紀行   渡 邊 悦 子

国道三三八どこまでも海霧
やませ来る尻大きかな寒立馬
やませ吹き頻く怪し灯の尻屋崎
海猫鳴くや鮪の町の古ポスト
足裏震ふ硫黄噴く山風死せり
イルカ嗤ふよ夏旅の途中下車
設計図に夢積み上ぐる立佞武多
ごじやわだに沁みる三味の音夏の海
居酒屋に貝味噌焼きの帆立貝
紙魚の跡カウチそのまま斜陽館
浜昼顔風合瀨(かそせ)駅舎のほつこりと
縄文の土間に息衝く蟻の塔
青森県立美術館二句
時空跨ぐあおもり犬に夏仰ぐ
跳人の鈴遠し志功の丸眼鏡
浮いて来い船底の過去連絡船

《 努力賞 》トルコ旅情   髙 𣘺 まり子

イスタンブール旧市街八句
尖塔とドームの威容雲の峰
モスク広場もろこしの香と騒めきと
モスク入堂
うすもののスカーフ被り入堂す
群青のモザイク壁画涼しかり
金色のカリグラフィーや夏館
コーランをかき消す熱気汗拭ひ
物売りの媼土塀の片かげり
野良猫に餌バザールの朱夏の路地
ポスフォラス海峡二句
対岸はアジア屋台の鯖サンド
数分でつなぐ大陸冷房車
カッパドキア五句
日盛の奇岩の街や異界めく
丘陵の岩窟教会ラベンダー
日傘小脇に目鼻なきフレスコ画
かけ合ひ愉し陽気なる氷菓売
旅装解く洞窟ホテルの涼しさよ
※カリグラフィー=文字を美しく見せる手法。文字模様。
※ 数分で=二〇一三年十月マルマライ地下鉄トンネルが開通し、イスタンブールのアジア側とヨーロッパ側は、最短四分で往来できるようになった。

《 努力賞 》細胞検査士   飯 島 慶 子

きつかけは高校時代の夏休み
花万朶白衣に袖を通した日
教科書の新版求め春の街
若葉風実習生の自己紹介
恩師より合格通知十二月
細胞検査士として新社員として
使命はがんの早期発見夏の雲
白衣に残る試薬の匂ひ秋澄めり
身に入むや視野いつぱいの癌細胞
マッペ山積み十月は繁忙期
長き夜やウェブ配信の研修会
論文のコピー片手に鮭むすび
復職し十五回目の夏来る
万緑や同僚もみな母となり
天職と言へる幸せ二重虹