月別アーカイブ: 2026年1月

第39回若竹俳句賞

《 正 賞 》該当者なし

《 準 賞 》多治見修道院と幸兵衛窯 乙部妙子

梅雨空や十字架高き大聖堂
青葡萄たわわ煉瓦の司祭館
洞窟に祈りのマリア梅雨暗し
五月雨や受難イエスのフレスコ画
釘打たるイエスの手足梅雨深し
十字架のイエスに淡き紫陽花を
祈り涼し天井の絵の愛の鳩
寡黙なる奉仕の女の夏帽子
ねぢり花神父の墓に灯をともす
梅雨の墓クルスは浅く彫られあり
梅雨灯すペルシャ古陶の資料館
よみがへるラスター彩の金涼し
卯の花腐しサハラの砂は梅雨知らず
涼しさや青き陶器のアヌビス神
煤汚れして梅雨時の休め窯
※サハラの砂=七代目幸兵衛氏がエジプトから持ち帰った。
※アヌビス神=犬の頭を持つ神

《 佳 作 》鰤 起 し  安井千佳子

ただならぬ沖の暗雲雪くるか
縹渺とくろがねいろの寒の海
寒雷の突き刺さりたる東尋坊
荒北風に波の逆巻く東尋坊
日本海の闇を引き裂く鰤起し
海鳴りか坂東曲(ば んどうぶし)か寒の海
吹越に木目あらはな仁王像
石仏の前に後ろに雪蛍
竹の櫛挿し越前の雪女郎
木枯のゆきどころ無き船溜
とろ箱に三国湊や鰤起し
木箱より剥がし売らるるずわい蟹
寒雷の不意打ちに遭ふ鰤御殿
朔風や番屋に二重鍵しかと
番屋跡見てコリコリの鰤刺を

《 佳 作 》二 輪 草  池田真佐子

大夏木ここより拓く上高地
ヤッケは赤心躍りの登山口
ひと雨に六月の森息づきぬ
万緑やくるぶし弾ませて歩く
青羊歯の生き生きとして道奪ふ
山気吸ひ小雀(こがら)のこゑに敏くなる
二輪草ささやく時は相触れて
滴りし山に棲むもの生くるもの
緑さす考へてゐる猿の背
繁りより小熊転がる見失ふ
青しぐれ獣の糞のうづたかし
涼風のかよふところで額拭ふ
ゴミ袋手にテント泊了へし人
夏山を観て夏山に見送らる
いちにちの疲れ刮ぐや登山靴

《 佳 作 》糸 取 女  堀場幸子

糸取り工房訪ふや梅雨入の賤ヶ岳
座繰り機に今年も村の糸取女
山清水汲みて始まる糸仕事
ナイロン風呂敷腹にぐるりと糸取女
ひとたび機に座せば達磨と糸取女
繭ほぐす熱湯散らし腹濡らし
指先で一気に手繰る繭の糸
解けよき繭は良い子と糸取女
糸引けて忘るる痛み背も腰も
糸取りつ話す子のこと夫のこと
清水もてふやけし指を冷ましつつ
女しかできぬ辛抱糸を取る
糸取りに時をり涼し山の風
梅雨晴間巻かれて光る琴の糸
機仕舞ふからりと余呉の梅雨明けて

《 努力賞 》初 が つ を  天野れい子

石州の赤き屋根美し鳥雲に
銀山の町や子猫のさくら耳
木瓜まつ赤八雲旧居の西の庭
城下をぐるりと春のこたつ舟
出格子や松かさ売られ遍路道
蚊遣りして和らふそく屋の七代目
甚平や指が覚えて蝋塗ると
蜜豆食ぶカフェに漆の太柱
はちきんが声飛ばし競る初がつを
炎昼の軒先に売る土佐刃物
隈研吾の図書館木組み涼しかり
ここ龍馬脱藩の道滴れる
仁淀ブルーの碧の深さよ夏の雲
老鶯を遠くに聴いて沈下橋
新涼の鯛めしにのる黄身ひとつ
※さくら耳=不妊手術をした証の保護猫の耳
※はちきん=土佐弁で男勝りの意
※隈研吾の図書館=高知県梼原町のゆすはら雲の上図書館

《 努力賞 》八 女 を 訪 ふ  髙𣘺まり子

桜まじ土蔵造の八女町家
槌音のもれて日永の旧往還
仏具屋の彫師弥生の刃物胼胝
白壁に錻力(ぶりき)看板のどかなる
旧木下家五句
花菫しかと噛み合ふ夫婦句碑
はしり書きの秀野絶筆花の雨
紅椿活け黒柿の床柱
春障子長押に鶴の釘隠
春昼の耳を欹(そばだ)て水琴窟
岩戸山古墳三句
芽吹くもの抱へ前方後円墳
控へゐる石人石馬花の下
落椿磐井の無念偲びをり
八女中央大茶園三句
風立ちて茶覆の畝波立ちぬ
茶摘女は何処大型の摘採機(てきさいき)
家苞に求む小店の一番茶
※夫婦句碑=山本健吉・石橋秀野夫妻。
※秀野絶筆花=「蟬時雨子は擔送車(たんそうしゃ)に追ひつけず」
※ 磐井=古代の豪族「筑紫君磐井(つくしのきみいわい)」岩戸山古墳の主とみられている。

《 努力賞 》猫 と  堀田朋子

この猫を最後の猫と梅月夜
春愁や猫のあまがみ許しゐて
尾を持てばもっと素直に若楓
走り梅雨病の猫の目の甘し
猫のゐる景に吾も入る夕端居
猫すべて知って話さぬ古うちは
稲光猫に窓外てふ世界
二百十日ながながと水舐める猫
山茶花の垣根や猫のくぐり穴
抱き上ぐる猫抗ひて開戦日
猫好きの祖父の胸裡の返り花
猫も吾もきらきらが好きクリスマス
お元日常と変はらぬ猫の世話
日脚伸ぶ猫に教はる愛し方
恋去りてわたしの猫に戻りけり