No.1086 令和4年10月号

井垣清明の書25

一飲一啄

平成7年(一九九五年) 一月
第13回日書学春秋展(銀座・松坂屋)

釈 文

一飲(いちいん)、一啄(いつたく)。(以下略)

流 水 抄   加古宗也


樹齢千年余と云う
つくつくや清田の楠に細き注連
秋潮や海石の上の鯖太師
白根山
新涼や火口湖けふはエメラルド
暮れなづむ涛を恐れず秋鴎
宇治・萬福寺塔頭
蔵にこほろぎ鉄眼一切経を刷る
こほろぎやいつも小暗き二番蔵
二階屋のつづく花街秋簾
榛名湖畔
夢二忌や頬張つてみる一位の実
底紅や外湯を囲む竹の塀
妻留守の星なき宵は虫を聞く
蜩や高野の僧の根来塗
蜩や丹塗りの粗き根来椀
秋興や爼皿に鯛の粗
声明のゴスペルに似て秋の風
鳳来寺参道
硯彫る音工房に法師蟬
廃線に隧道のこり秋の声
家毎に架かる木橋や萩の風

真珠抄十月号より 珠玉三十句

加古宗也 推薦


話す度広がる両手蛇の丈        平井  香
寺町に残る戸毎の橋涼し        鈴木 玲子
被爆樹のうすき影借り祈る夏      中井 光瞬
水中花さみしきときも華やぎぬ     水野 幸子
下読みに飽いて飲み干す麦茶かな    荒川 洋子
一蔵に杜氏は一人背な涼し       池田あや美
お土産は鈴虫天竜浜名湖線       荻野 杏子
四角ばる重機楕円の散水車       今泉かの子
とびきりの笑顔が眩し生身魂      磯貝 恵子
盆用意メモしておきしメモを繰る    辻村 勅代
花茗荷墓所にも風の通り道       服部くらら
自動ドア開いて少女ととんぼうと    髙𣘺 まり子
毀つ家の生温き風秋じめり       長村 道子
ヒタヒタと定位置めざす守宮かな    片岡みさ代
日雀二羽今朝も来てをり原爆忌     江川 貞代
棚経の僧の袂の涼しさよ        丹波美代子
秋の夜や四肢に爪ある熊の皮      市川 栄司
土用太郎酒蔵は今休業期        山田 和男
薩埵峠来て水無月の富士と会ふ     渡邊たけし
籠に余るほどの秋茄子もらひけり    金子あきゑ
夏惜しむ飛ばして延ばすピザの生地   酒井 英子
夏草に校長スポーツカー停める     山科 和子
ボウラーの友に九十三の夏       加島 照子
夏休潮の匂ひと一夜干         松岡 裕子
鉱山の跡形もなし夏わらび       髙相 光穂
朝曇り鴉同志のせめぎ合ひ       髙柳由利子
日暮や板に付けたる左鎌        伊藤 恵美
秋の虹泣かぬと決めたはずなのに    藤原 博惠
宍道湖はふる里土用蜆買ふ       生田 令子
臨月の姪に猿投の桃を選る       黒野美由紀

選後余滴  加古宗也


一蔵に杜氏は一人背な涼し         池田あや美
「杜氏」は酒を醸造する長(おさ)あるいは職人のこと
で一蔵に一人というのが大方の酒蔵のようだ。旨い酒がで
きるかどうかは杜氏に全てかかっているわけで、責任の重
大さというよりも酒蔵そのものの信用と人気を一身に背
負っている。男はその後ろ姿に見事にその人の人格が見え
るというが、まさに杜氏の矜恃がそこに集約されていると
いっていい。杜氏のオーラは精神性まで背なから発せられる。
話す度広がる両手蛇の丈          平井  香
散歩の途中など、突然に蛇とでくわすことがある。家に
ついたあとその話をしながら蛇の大きさを両手で示すこと
になるが、話しているうちに、だんだんその幅が広くなり
話がそれにつれて大きくなる。大人げないことではあるが、
そのたわいなさが、その場をだんだんなごやかなものにし
てゆく。子供との会話になるといよいよ蛇は大きくなるが、
その大きさは愛情の深さともつながっているようにも見え
る。ちなみに蝮は青大将と比べれば小さなものだが怖くな
ない。蝮は毒を持っているから怖いのだ。つまり実際には
大きさと怖さとは関係ないのだ。大きい物の方が怖い、強
い、という思いが人間の心理の中にあることをさりげなく
一句に仕立てているところが面白い。
被爆樹のうすき影借り祈る夏        中井 光瞬
「うすき影」がこの句のポイントだ。つまり、被爆樹ゆ
えに影がうすいと感じとっているのだ。原爆は一瞬にして
影らしきものを残して人間を消し去ってしまった。「うす
き影」は作者の主観。主観ゆえにかえって原爆の怖さを強
烈に表現しつくしている。「祈る夏」即ち「原爆ゆるすまじ」
の心だ。
秋の夜や四肢に爪ある熊の皮        市川 栄司
マタギの家やときには旅館の玄関先などで、熊皮が壁に
張ってあるのを見かけることがある。初めて見る人ははっ
として一歩退くが、その熊皮をとらえたときの武勇伝など
も聞かせてもらうことができたりする。それにしても「四
肢に爪ある」が見事な観察だ。この爪によって飾りもので
はなく、まるで生きた熊の手であるかのようなリアリ
ティーが生まれた。こうした写生が栄司俳句の優れた表現
力といってよい。
夏草に校長スポーツカー停める       山科 和子
山口誓子の句に〈夏草に汽罐車の車輪来て止る〉という
のがある。作者の心の片隅に誓子のこの一句があったのに
違いない。掲出の一句は、今時の校長のありようが、まる
でクローズアップされたように描写されているが、和子俳
句の文体の大切なところに誓子の俳句が見え隠れするのが
面白い。じつは俳句修得のポイントは骨法を身に付けるこ
とで、この骨法は先輩たちの作品をじっくり読み込んで身
に付けてゆくものだ。「夏草」に始って「停める」で完結
するところは、誓子の「夏草」の句の影響を強く受けてい
るといえるが、中七ですっかり和子さんらしい俳句に仕上
げている。絵画の世界でも、まず描写を習得することが大
切にされるが、俳句もまた同じだ。要はそこからいかに「ら
しさ」を表現しきれるかが大事だ。
鉱山の跡形もなし夏わらび         髙相 光穂
ここに登場してきた「鉱山」とは、群馬県の「吾妻鉱山」
のことをいっていると思う。光穂さんもかつて吾妻鉱山に
勤めていた。廃坑にともなって大勢の社員が下山したが、
最盛期には小中学校もあり、俳句会もあった。俳句会は若
竹吾妻鉱山支部として若竹の有力同人を多く輩出したが光
穂さんもその一人。富田うしほが、鬼城庵を訪ねる途次に
立ち寄って指導したのだったが、山を下りた若竹同人の多
くは前橋市に入り、その後、若竹前橋支部として、星野北
斗星、魯仁光親子を中心に金子一遷、林泉花、森田秋茄子、
高橋没法子、星野久女、佐藤灯光氏らの優れた俳人が巣立っ
た。そして、灯光同人は後の山紫会(工藤弘子代表)のメ
ンバーを生み育てた人だった。
なお、吾妻鉱山に吾妻鉱山周辺にあった若竹関係句碑を
移転集合させる橋渡をして下さったのが他ならぬ光穂同人
だ。そのことについてはあらためて、まとめておく必要を
強く感じているところだ。
土用太郎酒蔵は今休業期          山田 和男
土用太郎、即ち土用の入りの日に酒蔵を訪ねたのだろう。
そして、どこかがらんとしたたたずまいにふと休業期であ
ることに気づいたのだ。農家に農閑期があるように、休業
期があるからこそ、今年酒の醸造に向けて、エネルギーが
貯えられるのだ。「休業期」が意外に新鮮な着眼だった。
薩埵峠来て水無月の富士と会ふ       渡邊たけし
静岡県の薩埵峠は知る人ぞ知る富士見に最高の峠の一つ
だ。見事に富士が指呼に入る。峠には幕末の「三舟」の一
人山岡鉄舟が潜伏していたという宿がある。

竹林のせせらぎ  今泉かの子

青竹集・翠竹集作品鑑賞(八月号より)


甕に影おく軽暖の土管坂           田口 風子
物に陽が当たれば、当たり前ですが影ができます。その影
を「おく」と詠んだところに、静かな詩情が生まれました。
土管坂は、常滑の謂わば映えスポット。この限られた空間は、
唯もの静かというより、濃密なひそやかさをもっているかの
ようです。両壁にずらりと並んだ土管、足元に埋め込まれた
ケサワと呼ばれるたくさんの廃材。それらの物が、陶の町の
歴史を語っているのでしょう。十七音中カ行音が七音入り、
格調高い、すっきりした音律のよさも魅力です。
腕白で今日泣き虫で葱坊主          髙瀬あけみ
昔、仕事場でも家庭でも、問題が起きたときは、「なにか
あって、当たり前」と思ってやってきました。掲句を読んだ
時、その感慨を思い出しました。時にやんちゃをしたり、時
に泣き出したり。「で」のややぶっきらぼうな繰り返しが、
そういうときもあっていいんだと告げているかのようです。
葱坊主の季語がまた絶妙にはたらいています。
梅青し沼より雨のあがりけり         稲吉 柏葉
雨粒がもう落ちて来ないとわかったのは、沼のまったりと
した水面から。初めは、未熟な梅のもつ毒性と沼という場所
に陰な印象をもちましたが、的確な「沼より」の描写と、句
末の詠嘆に、逆に明るさを見る思いがしました。青梅の色の
さみどりの美しさ。そして雨が上がったばかりの沼の景色。
深読みかもしれませんが、沼の辺りが次第に明るくなってい
く様子と、黄熟し芳香を醸し出す梅のこれからにも想像が及
び、明るい予兆をはらんでいるかのように感じます。
入国のメールの来るや若葉光         安藤 明女
接触が感染の元となるコロナ禍にあって、国家間の移動と
なればさらに難しいところ。でも、やっと入国できそうな状
況になったのでしょう。受信されたメールの弾むような嬉し
さに、若葉の放つ瑞々しい光の眩しさが重なります。
老人はやさしくされておじぎ草        岩瀬うえの
老人をちょっと揶揄するような、そこには自らを客観視し
ての視座もあるでしょうか、一種アイロニーを含んでいます。
頭を下げるお辞儀は、最も日本的な慣習の一つ。どうも、ど
うもの気持ちです。オジギソウがおじぎをするのは、一説に
防衛のためとか。鳥などの外敵から身を守り、風雨からのダ
メージを避け、光合成のために光を調節する、それはもって
生まれた仕組み。我ら老人もまた、それは習性。この俳味。
アマリリスつい立ち止まる美容院       水谷  螢
アマリリスは、真っ赤やピンク等様々な色がある、あでや
かな花です。美容院の前で立ち止まるのは、何か気になるこ
とがあるのかも。或いは、人目を引く花の立ち姿につい立ち
止まったのかも。どこか女ごころを感じさせる、アマリリス
の響きもかわいらしい。
山小屋のカレー山盛り山女          喜多 豊子
山、山、山、どうです、この豪快さ。季語は山小屋。因み
に、「山女」は広辞苑では「深山に住み、怪異をはたらくと
いう伝説的な女。山姥」。ですが、ここではよく耳にするよ
うになった「山ガール」の意味でしょう。登山を趣味とした
「山男」に対して同等の意で、作者はきっと「山女」とされ
たのだと思います。仲間と食す「カレー」や活動源として
「山盛り」に、登山の実体験があるのでしょう。
梅雨晴間死没名簿に風通す          村重 吉香
「死没名簿」とは、調べたところ戦死者の名簿ではなく、
原爆投下により亡くなった方や、その後に死没された方々の
名簿でした。作者は広島在住。梅雨の晴間、実際に名簿を開
き、風を入れられたのでしょう。風化にさらされていく原爆
の記憶。今もこの地球上には、戦火が続いています。
くづし書く登美子の歌や花菖蒲        冨永 幸子
山川登美子は「明星」の歌人。与謝野晶子が華麗な大胆さ
をもつのに対し、登美子は清楚で抑制のきいた歌風でした。
鉄幹へ恋心を募らせながらも、親の決めた相手と結婚。が、
病死した夫からの結核がもとで、二十九の若さで亡くなりま
した。悲運とも薄幸ともいわれる生涯ですが、歌を自らの拠
り所とした一生です。花菖蒲の美しい凛とした姿に、どこか
慰められるものがあるような気がしました。
蚕豆や開聞岳を望む畑            髙𣘺まり子
開聞岳は薩摩富士とも呼ばれ、航海安全の信仰の山です。
また鹿児島県は、全国の約三割を占める、日本一のそら豆の
生産地です。美しい山の麓に広がる豊かな恵みをもたらす
畑。霊山をはるかに、大空と広々とした大地の開放感。
花菖蒲色あふれいて穏やかに         長坂 尚子
上から読んでいって「穏やかに」の下五で、落ち着いた緑
色をした花菖蒲の全体像が見えてきました。あふれるほどの
色の花菖蒲をささえ、引き立てている葉の鮮やかな緑と流れ
るような美しいフォルム。花菖蒲のもつ上質な品格。

俳句常夜灯   堀田朋子


危な絵のなかにも吊られ蛍籠         野中 亮介
(『俳句』八月号「命の山」より)
危な絵とは、浮世絵の中で一般的な美人画と春画との中間
に位置する絵をいう。あからさまな秘戯画ではなく、女性の
日常における入浴や納涼のシーンで覗く肉体を主題にしたも
のだ。
作者は、危な絵の中に道具立ての一つとして「蛍籠」が描
かれていることに注目している。江戸時代の成熟した大人の
遊び心を感じ取っているのだろう。日本人の文化の高さに触
れた作者の嬉しさが、こちらにも感染するような句だ。俳句
上で使うことを躊躇しがちな「も」という一字によって、作
者の発見の楽しさが伝わってくる。
水押して水に降り立つ蓮守          高田 正子
はちす守胸まで濡れて現るる
(『俳壇』八月号「涼し」より)
蓮は、その茂る葉も美しい花も、枯れ行き折れ果てた茎の
様も人の心を捉える。日本中に蓮の名所は数多あるのに、「蓮
守」という専門職があり、人知れず蓮の世話に苦心されてい
ることを失念していたのが恥ずかしい。給水・追肥、枯蓮の
撤去、土壌の管理、植え替え、ザリガニにまで気を配るという。
掲句の二句は、蓮守のリアルな姿を確かな観察力で表現し
て、その尊さを提示している。暑さ寒さに関わらず、胸まで
泥水に漬けての作業だ。一句目の「現るる」の連体終止には
蓮守への敬意が込められているようだ。二句目の「水押して」
の措辞には、蓮守の仕事への心意気が表現されている。これ
からは、蓮守を念頭に置いて蓮の美しさを愛でようと思う。
武器抱へしは旱田を左へと          青山 茂根
(『俳壇』八月号「白狄譚」より)
ロシアによるまさかのウクライナ侵攻が始まってより、早
七ヶ月になる。この地球上に戦争が常態化した地域があるこ
とを、いつの間にか認めている自分が悲しい。テレビなどあ
らゆるメディアで毎日のように戦況が報道されている。その
中のふっと目にした一場面を切り取っているのだろう。
作者にとって「武器抱へし」兵士は、見知らぬ者だ。その
兵士が三百六十度の危険に意識を配りながら、「左へと」移動
している。そこは戦火に荒れ果てた「旱田」。本来なら豊かな
麦秋の景だったかも知れない。作者の網膜に残った一瞬を詠
むことで、戦争の理不尽さの全体が浮き彫りにされたような
気がする。俳句がもつ力なのだと思う。何故左なのだろうか、
右では何か違う気がする。そんな疑問もまた面白い。
とある家薔薇のよろひを纏ひけり       山田 六甲
(『俳壇』八月号「萍」より)
「とある家」とあるが、日本のどの町にも、薔薇に魅せられ
て溢れるほど咲かせている家があるような気がする。そんな
家に行合うと暫く立ち止まって、薔薇の美しさに目を楽しま
せてもらう。薔薇には、多くの栽培のノウハウと年間を通し
た世話が必要だ。それほどの手間暇をかける薔薇の主人の人
となりを、つい想像してしまうこともあるだろう。
掲句は、薔薇が持つもう一つの本質を詠んでいるのではな
かろうか。魅惑の美しさのなかに棘を隠し持つ薔薇。傷つき
易い心を読み取られないように、他を圧倒するかに美しく咲
く薔薇。その中に眠って王子を持ち続ける〝いばら姫〟のよ
うな夢見がちなメルヘンへと想像は広がっていく。作者の心
に宿った妄想を、「よろひ」という仮名で柔らかく表現するこ
とで、薔薇で囲まれた異世界へと誘われた気がする。
着るように新緑の母屋に入る         月野ぽぽな
(『俳句』八月号「泉」より)
「母屋」とは実家のことだろうか。季語「新緑」より、豊か
な山々や田畑に囲まれた美しい田舎家を想像する。外界の明
るさに対して、母屋の内には時を超えた懐かしい暗がりと湿
りがあるような気がする。
掲句の眼目は「着るように」という措辞にあるだろう。久々
の帰省であろうか。一歩足を踏み入れれば、着慣れて身に沿
う服のように、作者を包んでくれる母屋のあれこれ。それら
を五感の全てで受け止めている作者の感慨に深く共感する。
たとえ父母の不在があったとしても、「母屋」には父母との暮
らしの思い出が、酒蔵の麹菌のように棲みついているはずだ。
その「母屋」こそ、今の作者の身体と心を育んでくれた場所
なのだから。
自己の原点を再確認することで、自分が何者であるかが解
る。それが今、命を抱いて生きていく自信に繋がるのだろう。
「母屋」という原点を持つ幸せを感じさせてもらった。
《あとがき》
今回をもって、「俳句常夜灯」を終了させていただくことに
なりました。六年間に渡り一回一回を全力で取り組んだつも
りです。確たる俳句論を持ち合わせていない分、取らせてい
ただいた句を心いっぱいで受け止めて、文章にしました。
星の数ほど生まれ続ける俳句の中から、胸底まで届く光を
放つ一句に出合うことの感動と、それを皆様と共有できるこ
とが、俳句の楽しさだと心底実感しています。
鑑賞の自由を認めてくださった宗也先生と編集部の方々に
深く感謝いたします。「若竹」のますますの発展を願っていま
す。