《 正 賞 》被 爆 樹 中 井 光 瞬
啓蟄や動かぬものに爆心地
たんぽぽの絮爆心の風に乗り
炎立つ原爆ドームの荒骨に
爆心の大樹の底に蟻の国
夏木立平和の鐘が包容す
雲の峰被爆ピアノのフォルティシモ
原爆忌残りし空は藍の色
被爆樹の光をつなぐ夏の蝶
爆心へ白き流燈さかのぼる
黒き雨滲みた畑打つ原爆日
顔洗ふだけの化粧や原爆忌
爆心の未明のひかり母子草
原爆忌継ぎ足す息は美しき息
原爆忌水子地蔵に水掛けて
涙壺いくつも置いて原爆忌
《 準 賞 》泣き相撲 乙 部 妙 子
泣き相撲幟立てたる朱夏の宮
宮涼し土俵設ふ神楽殿
裸子の抱かれて受ける祈祷かな
化粧まはし襁褓の上に泣き相撲
泣き相撲絃(いと)ちゃんの四股名「絃(いと)の丸」
抱かれて小さな裸向かひ合ふ
泣きつつも母を目で追ふ泣き相撲
そり返り足蹴り上げて泣き相撲
見守りの親も涙目泣き相撲
泣き顔の勇姿カメラに泣き相撲
泣かぬ子を泣かす行司の夏烏帽子
泣き声の土俵いよいよ宮暑し
泣きに泣いて裸子命輝かす
両泣きはすべて引き分け泣き相撲
泣き相撲まだしやくり上ぐ母の胸
《佳 作》追憶の東京 天 野 れい子
新内の撥小刻みに風花す
角巻や遊女の塚に万の骨
寒月の投込寺に荷風の碑
鳩の街の質屋のトタン荒びて冬
路地奥はかつて赤線おでん売る
数へ日の路地尊といふ防火井戸
カストリ書房の真白きのれん小春風
おしくらまんぢゆう平積みのカストリ誌
絵襖や腰を落として太鼓持ち
幇間のひとり二役冬ぬくし
布団干す江戸の足袋屋の竹庇
手拭ひの赤富士足袋となりにけり
薬莢の一ツ百円ぼろ市に
ぼろ市に隣る代官屋敷かな
寒きびし切腹の間の薄畳
《佳 作》十 三 夜 中 野 こと葉
日脚伸ぶ小さき剣士の切返し
蕗の薹出づまつすぐに判を押す
百塔の街アネモネの天鵞絨(ビ ロード)の蕊
龍天に飲みたき詩の蜜酒かな
蟷螂生る薄日差すモビールの糸
大瑠璃は腹の白さのやうに鳴く
四寸の小鹿田(おんた)の茶碗豆ごはん
セロ弾きの半音低き葉月潮
吾亦紅三時間待つ停留所
早足のおこぼの鈴や十三夜
紅玉の艶めく小さき嘘をつく
十二月八日モノクロムの車窓
「スクルージ」呼ぶ声幽かなる聖夜
冬すみれ早産の児の柔き爪
春隣息を合はせて弾くカノン
《努力賞》四 国 白 木 紀 子
讃州に入ればうどんと秋の昼
本殿へあと百段や秋驟雨
墱八百上りて秋の虹に会ふ
肝冷ゆるへつぴり腰のかづら橋
祖谷渓の茶店に炙る鯇魚(あめのうを)
沈下橋へ行く径少し彼岸花
自動車の来たり秋暑の沈下橋
秋出水引き四万十の屋形船
身に入むや 婉といふ名を聞きてより
門一歩出るを許さずそぞろ寒
土佐浦に藻塩焼く小屋秋曇り
秋興や藁どつとくべ鰹焼く
ポスターは手作り秋の牛合せ
秋涼のアーケードに買ふ餡タルト
地の人とひとつ湯舟や秋灯
《努力賞》備 前 焼 山 田 和 男
風光る窯跡残る美術館
春風や丘に平安窯の跡
掘抜きの窖窯(あながま)褪せる炎天下
とんばうや池に五本の石柱
織部をと粘土を捏ぬる秋一日
涼新た粘土を捏ねる指の触
秋深し見込みの深き茶碗かな
名月や備前茶碗の檜垣文
備前茶入福神といふ良夜かな
秋涼し徳利に黄胡麻瀑布垂る
花入れが化して徳利秋の興
としわすれてふ徳利は古酒入れる
備前は秋聖絵にみる米俵
爽やかに規範を越ゆる備前焼
ふくよかな胴部の茶入あたたかし
《努力賞》木曽の里 小 柳 絲 子
山笑ふ手動と知らぬ乗車口
陽光を集めて孤独すすき原
風なごむブルーベリーの冬紅葉
バス待ちの小屋に絣の小座布団
眼に安し軒に薪積む木曽の冬
雪晴れや御嶽あはれ美しき
寒いでと頂く熱きすんき汁
白樺林に縞馬をふと冬日和
綿虫や牧場へ延びる道一本
風花や熱く脈打つ馬の腹
馬の肩叩けば埃冬日向
水洟一筋馬に大きな鼻の孔
動かざる風邪馬時に嘶ける
冬夕焼けまぐさ提げ来る髭男
榾の火のかさと牧場の馬寝たか
《努力賞》秋 の 海 長 坂 尚 子
潮風に吹かれ秋声聞いてをり
波音の胸に響ける秋の海
秋潮に心惹かれつ飛沫受く
母子遊ぶ浜に波寄す秋の昼
貝殻を選りつつ拾ふ秋浜辺
流木のどこより来しか秋の浜
半島の沖に神島野分立つ
秋男波岩壁打ちて立ち上がる
突堤に釣人の影秋の夕
波音に心の澄めり秋夕べ
秋夕焼波はつかのま淡く染む
秋落暉たちまち海に吸はれゆく
月明に照らされてをり安らげり
伊勢湾台風時の残骸が蛭子社に
難破船の錨社に身にぞ入む
三河湾に住み鯔飛ぶを見てをりぬ