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第52回瓢々忌句会

文豪・尾﨑士郎を偲んで

第五十二回 瓢々忌句会

日時 平成三十年二月十七日(日)(受付十時より)

会場 西尾市吉良町公民館 講堂

出句 嘱目二句(出句の締切 正午)

会費 一、〇〇〇円

記念講演
鈴木一雄氏(元吉良町教育長)
「娘から見た尾﨑士郎」

表彰
尾﨑士郎特別賞・西尾市長賞・西尾市議会議長賞
教育委員会賞・東海俳句作家会賞・三河新報社賞
若竹吟社賞(予定)

☆旧糟谷邸にて呈茶
☆昼食はそれぞれご用意下さい

主催 若竹吟社
主管 吉良俳句の会
後援 西尾市吉良地域文化協会 三河新報社

句集『茅花流し』刊行

加古宗也 第五句集「茅花流し」

 吟行の楽しさを教えてくれたのは、実は、富田うしほで、その師、村上鬼城も出不精と言いながらもたびたび吟行を楽しんでいたという。仲間とともに吟行をしているときこそ、私にとって至福の時間だと言っていい。

加古宗也

自選十句
師直も主税も土の雛かな
葦牙やガラ紡船の名残り杭
うぐひすや只管打座とは退屈な
茅花流しや富士川は富士の水
深吉野の星無き夜は蛍火を
けら鳴くや百雪隠に百の甕
泳ぐ子の真青なる淵めざしけり
蜩や樹間正しき吉野杉
鮎錆びて水に匂ひの生まれけり
斑鳩は秋こそ寧し夢違へ

 

句集「茅花流し」に寄せて

まさに自由自在。こんなにも俳句の世界は、広く深いものだった。句集『茅花流し』は、加古宗也氏の『雲雀野』に続く第五句集である。氏のもつ懐の深さそのままに、十七音の世界を縦横無尽に遊ぶ。
あとがきに「仲間とともに吟行をしているときこそ、私にとって至福の時間だと言っていい。」とあるように、句集を手にすれば、ひとときその「至福」を共有できる。

茅花流しや富士川は富士の水
瞽女の墓とや花あげて寒蕨
聖護院蕪ほどなく尼と会ふ
ささげ銃とは首伸ばす鵜小屋の鵜
蜩や樹間正しき吉野杉

郡上八幡では
泳ぐ子の真青なる淵めざしけり

隠岐では
飛魚飛んでをり水軍の海平ら

師の富田潮児、うしほ、その師の村上鬼城に関する句も多く収録されている。
水茎に漲る力常閑忌
鬼城忌の山河きちきちばつた飛ぶ
誰れ彼れをいつも案じて生身魂

また文化、芸術に対する深い造詣もさることながら、焼き物に因んだ句も多い。
花惜しむとは道年の楽の艶
窯元はいまも茅葺き柿若葉
ぐい呑みは瀬戸黒がいい蕗の味噌

さらにリズムの弾む軽妙な句も。
団扇絵は球子の富士やぱたぱたす
春隣メンズショップよりラップ
自転車に乗るコスモスの風に乗る

そして自らの立ち位置を明確にした日常の句もさらりと詠む。
けさ秋や宗全籠に庭の花
河豚食うてしばし吉良公談義かな
ふぐり落して何となく酒が欲し

俳句のおもしろさを堪能できる一冊である。

句集「江戸手拭」刊行

市川栄司 句集「江戸手拭」

春風や江戸手拭に鯨の眼
市川栄司さんの第二句集『江戸手拭』は、栄司さんが長年大切にしてきた「江戸の粋」と「京の情緒」を軸に構成されている。
大都会の、それも庶民によって育てられ守り抜かれてきた「日本の美」がこうして、手元で再生されることの愉しさはじつに贅沢なことだといってよい。

加古宗也(帯文より)

 

珠玉十句(加古宗也選)

きちと巻く胸乳の晒し三社祭
一八や谷中に今も摺物師
切火打ち朝顔市の始まれり
大羽子板寄席のもぎり場ふさぎけり
春風や江戸手拭に鯨の眼
蚊遣豚六区に今も詰将棋
追羽子や八坂の塔の覗く路地
老いてなほ艶ある女形寒椿
一力の門借りてをり春驟雨
おしら仏ひしめく堂宇五月闇

句集「夕納涼」刊行

鈴木いはほ、隆子句集「夕納涼」(ゆうすずみ)私家版

温かい句集である。
西尾の地に生を受け、育まれた感性が紡ぎ出した、ていねいな句群。
土地の歴史の重みと共にある上質な詩ごころ。
子を思う親としての切ないまでの思い、成長を見守るその姿勢。
父であるいはほ氏、母である隆子様、そのご子息帰心氏の熱い思いからの企画である。
家庭のあたたかさが礎となって、本句集という形となった。
隆子様もいはほ氏に寄り添いながら、自身の詩情で春夏秋冬をこまやかに詠み上げている。
昭和二十二年から平成二十九年までの、なんと七十年の長きにわたっての作句。
精鋭されての上梓である。

以下は加古宗也主宰による「序」である。

鈴木いはほさんは「若竹」最古参同人である。じつに、昭和二十二年の「若竹 」にその名と作品を見ることができる。

リュック負ふ娘の後れ髪秋の風
二三人ちゝろの中に終車待つ

いはほさんは少年飛行兵だったと聞くが、 本人の口からはそのことについて一切聞いたことはない。 「謹厳実直」なお人柄から、 そのことを諾うばかりだ。富田うしほはそんないはほさんが大好きで、 何かと頼りにしていた。うしほの坐右銘に「信以成之(信を以って之を成す)」という言葉があるが、いはほさんの半生はまさにこの言葉に尽きるように思う。
富田潮児もまた私も同様で、例えば結社の大事である句碑建立、記念大会など、その全ての成功はいはほさんの力に負うところが大きい。中でも、吉良華蔵寺の村上鬼城句碑の建立、若竹八〇〇号記念大会実行委員長など、今日の若竹の礎を築いていただいた一人であることはあらためていうまでもない。
句稿を四度五度と読み返しながら、いはほさんのお人柄に熱い思いが去来する。

打ち寄せる穂麦の波や鯉幟り
鴫焼や妻は貧しさを語らざる
寒灯や産声もなく生れし子
蓮如忌や人の善根疑はず
陶榻(とう)に日のぬくみあり花八ツ手
鵜には鵜の序あり鵜飼の舟仕度
話しつつ目は水に据ゑ紙漉女
修験者の辞儀に涼あり峰吉野
士郎忌や夢の器といふ書斎
眦(まなじり)に利発さ育ち夏帽子
風を聴くこころ授かり真潮忌
小春日や碑の座づくりの石を組む
書に力簡に情あり瓢々忌
田作りの煎り手は嫁に移りたる
秋うららテムズ河の船下り

鈴木隆子さんについては、いはほさんほどに深く理解するところではないが、平たく、また率直な感想を述べるとすれば「夫唱婦随」「良妻賢母」の人といえると思う。現在の吉良俳句会の主なメンバーが顔を揃えた俳句講座にいはほさんとともに出席されるようになり、ご一緒に俳句の道に精進することになった。ご子息帰心さんの孝養心から生まれた句集出版の企画には、私も熱い思いで賛同した。
私の好きな句をいくつか、後に記して、序の責めを果たしたことにしていただきたいと思う。

百戦錬磨とは末つ子の筆始
干支四たび巡り来し子やなづな粥
神官の沓音揃ふ歩射神事
母の日や息子の俳号帰心とす
青信濃ローランサンの淡き色
寒蝉や何やら急かるることやある
白露の節長期研修了へし子と
千枚田洩れなく水を落しけり
秋の風異国に馴れし子と歩む
還暦と米寿の祝ひちゃんちゃんこ
祖母に似し母に吾似しかぶらむし

平成三十年二月

守石荘にて

加 古 宗 也